【僕はーーー】
これは、僕が書いた遺書だ。
『これから僕が隠した手紙を探してくれ。全部で四つあるよ。』
夜中の二時。親友である彼に、僕は一つのメールを送った。彼にだけは、知っていてほしいと思った。僕が自殺する理由を。
僕が死んだと知らされた彼は、泣く事はなかった。そしてすぐに僕が隠した手紙の捜索を始めた。
『我が親友ながら、薄情なものだね。』
空から彼を見守りながら、そう呟いた。
一つ目の手紙
【僕は君に出会えてよかった。それと同時に、後悔もした。君みたいな人間を、僕みたいな人間が振り回してしまった事だ。でも、君に出会えて幸せだった。】
二つ目の手紙
【僕は死にたかった。理由もなく、只死にたかった。きっと僕は死に恋をしていたんだ。】
三つ目の手紙
【僕は君の時間を奪ってきた。そんな僕が言うのもおかしな話だけどね、僕は君に生きて欲しい。笑っていて欲しいよ。】
彼が見つけれたのは、三つの手紙だけだ。四つ目は見つけられていない。いや、見つからない。何故なら、四つ目はないのだから。
『君が死んだ時に、話してあげるよ。』
数十年後。彼は老衰死で眠りについた。彼が火葬される時、彼の腕の中には僕が書いた手紙があった。僕はそれを見て、静かに涙を流した。
『泣いてはくれなかったのに、大切にしてくれたんだね。』
最後の手紙の行方は、彼の元に手渡された。
『生人図書館、これにて閉館。』
灯っていた蝋燭はゆっくりと消えていった。
生人図書館。生者の未来を記す不思議な本が置いてある図書館。俺はここの司書をやっている。大勢を殺し処刑された俺に、神様とやらがくれたものだ。
『まぁ、俺に罪の意識なんて無いんだけどな。』
はぁ、退屈だ。
俺はここで、優越感に浸るために司書をしている。ここに来る奴は惨めで、哀れで、可哀想な奴ばかり。実に居心地が良い。でも、何だか違うんだよな。
『チッ。もっと俺の存在を上げてみせろよ。』
机を思わず蹴った。机の上に置いてあった本が落ちてくる。あぁー、癖は直らないもんだねー。
落ち着こうとコーヒーを淹れる。コーヒーなんて色のついた飲み物、死んでから初めて飲んだな。意外とイケる味をしてる。少し落ち着いて、先程落ちた本を拾い上げる。この本に記された人間は、もうすでに死んでいる。生人図書館にある本は、死んだ人間のものは置いていない。その人間が死ぬと同時に消滅してしまうからだ。しかし、この本は消えない。何故なら、この人間は、まだ存在しているから。彼もまた、神に拾われた哀れな魂だ。
『一度会ってみたいねぇ。故人図書館の司書さん。』
神は、俺に言った。俺のライバルに値する奴が居ると。それが、故人図書館の司書だ。俺と同じ境遇であり、俺とは真逆の図書館で働いている。一度本気で殺し合ってみたいもんだ。まぁ、負けても死なないけどな。
『さて、そろそろ生人図書館を開くかね。』
俺がそう言うと、蝋燭が灯り始める。
『ようこそ、生人図書館へ。』
さぁ、傍観しよう。あいつらの天国から地獄まで。
「だから、星に願うんだ。」
そう言う彼女を、ずっと見ていたいと思った。
「君は星が好きかい?」
彼女は、僕に問う。僕はいつもと変わらずに答えた。
「嫌いだよ。」
彼女は嬉しそうに笑っていた。
彼女と僕は幼馴染だ。大学に入っても僕達の関係は変わらず、僕は未だに彼女の世話係だ。子供の頃から彼女に振り回され続けた結果、僕は彼女の行動については大体理解できるようになった。それでも、毎日のように交わすあの質問だけは理解できない。彼女はどういった意味で僕に問うのだろう。
「今日も祈ってるの?」
「もちろんさ。」
正直、星に願うのは止めて欲しい。嫉妬してしまうから。
「そういえば、君は何故星を嫌うのかな?」
言ってしまっても良いの?君が好きだから、星に嫉妬してしまっているのだと。恋敵である星が嫌いなのだと。
「本心を言ったら君は、僕を嫌いはずだよ。」
「嫌わないさ。」
「何でそう言い切れるの?」
「君が私を嫌った事はないだろ?だからさ。」
あぁ、恋とは本当に厄介。
「まぁ、君の本心は大体分かってるのだけどね。」
「えっ!?」
「君は私が好き、だから恋敵である星が嫌いなのだろ?」
「…いつから知ってた?」
「さて、いつからだったかな。」
こいつ、だから僕しか友達が居ないんだよ!
「じゃあ、あの質問って何の意図があったの?」
「君がまだ私の事を好きかの確認さ。」
「悪趣味すぎる。」
「知ってるよ。だって私は、君に好きで居て欲しいから、嫉妬して欲しいから、だから、星に願うんだ。」
あぁ、僕の惚れた彼女は、とんだ悪女のようだ。でも、目を離すことができなかった僕は、とっくに彼女に心酔しているみたいだ。
「死にたいな〜。」
彼はそう言いながら、私の髪を撫でていた。
【俺が死んだら、すぐに忘れてくれて良いよ。】
夜中に送られていた一通のメール。私がそのメールを見たのは、夜が明けてすぐの頃だった。私はメールを閉じ、出かける準備を始めた。
前から彼の死にたがりは知っていた。病弱で難儀な生活を送ってきたからこその、思いだとも理解していた。しかし、私は彼と生きる事を諦めきれなかった。だから、無知なフリをしてきた。本当に、馬鹿だよ。君も私も。
コートを着たら、さぁ出発だ。目的地は、彼が以前買っていた墓のある墓地だ。私が自宅を出た頃には、ぼちぼち店開きが始まっていた。私は、少し花屋に寄った。
「いらっしゃいませ。どのような花をお探しですか?」
店に入ると、元気の良い声が通った。私は、定員さんに一つの花束を頼んだ。定員さんは不思議そうに、花束を包んでくれた。
彼の墓に着く頃には、すっかり日常が灯っていた。
「まさか、本当に死んじゃうんなんてね。」
返事はない。もしかしたら、彼はまだ、ここに来ていないのかもしれない。
「あのメールさ、何なの?忘れても良いなんて、君が言うなよ。」
気づいた時には、私は泣いていた。
「この花が散るまでは、覚えてやるよ。」
私はそう言い、先程買った花束、造花の花束を乱暴に置いた。
煙草を蒸す。今までは彼のために禁煙していたのに、もう禁止する理由はない。
「造花の花言葉、君は知ってるのかな。」
まぁ、良いか。何が何でも、この永遠の花束は君ので間違いないのだから。
「地獄に堕ちろ。」
そう言う彼の瞳には、怒りと悲しみが滲んでいた。
「死にたい。」
学校の屋上から景色を眺めながら、今の感情を吐き出してみる。それを俺の親友は静かに聴いていた。いつだってそうだ。彼は俺の愚痴を聴くだけで、何も答えてはくれない。しかし、今日は違うみたいだ。
「死んでもいいよ。」
俺は心がすく思いがした。この会話が、俺と彼の最期の会話となった。
『ここは、あの世か?』
目が覚めると、何もないところに立っていた。俺の自殺は成功したようだ。
『これで自由だ。』
「それは良かったね。」
独り言のつもりが、言葉が返ってきた。声のした方を見ると、そこには鏡があった。そしてその中に、声の主、俺の親友が映っていた。どうしてここに?そういえば、彼の家は神社だったか。こういう力があるのかもしれない。
「君の今の気持ちは、最高ってところかな。でも、僕は最低な気持ちだよ。何故か分かる?」
『分かんないよ。』
「僕の親友が死んでしまったからだよ。僕のたったの一言のせいで。」
言葉に詰まる。そりゃそうだ、彼にとっては夢見の悪い話だ。
「ねぇ、僕初めて知ったよ。人間にとって一番不要なものって、勇気なんだね。」
『俺は勇気のお陰で、自由になれた。』
「そうだね。でも僕は、君の為の勇気のせいで、親友を失ったんだよ。」
彼も悩んでいたんだ。俺の為に背を押すべきか、生きていて欲しいと言うべきなのか。
『ごめん。自分勝手で。』
「許さないよ。だから、地獄に堕ちろ。」
そう言い、彼は鏡ごと消えた。
もし、地獄に堕ちたら彼とまた会えるだろうか。彼と会えるなら、まだ残された小さな勇気で、地獄に堕ちるのも悪くないと思った。