「わぁ!お人形さんみたい!」
どこから聞こえる称賛。そう、私は世界一綺麗なのだ!
「うわぁ。ブスが近づくな。」
三年前までの私は、自他ともに認める醜さを持っていた。しかし、気にしないように生きてきた。高校に入るまでは。高校のクラスメイトは、私を嘲笑い罵った。
「恨むんなら、そんな顔に産んだ親を恨めよ。」
彼女達が言ったように、私は親を恨んだ。それでも変わらない現実に、吐き気がした。いつの間にか、私は学校を退学していた。
高校を退学してから、私は必死に稼いだ。そして整形をした。辛いダウンタイムを乗り越え、ついに理想の自分になれた。何もせずとも避けられた昔とは違う。皆が私の周りに集まった。そして私の美貌に感嘆した。もちろん、私の過去を知っている人は少なくない。だが好き好んで私に絡んでくる人は居ない。居たとしても中指を立ててやるだけだ。
「親から貰ったものなんだから、大切にしなよ。」
うるせぇよ。こちとら親から貰った命を大切にするために顔を犠牲にしてんだよ。
「整形なんて甘えだよ。ちゃんと努力したの?」
努力してどうにかなるのは元の良い奴だけなんだよ。
「ブスは一生ブスのまま。」
今の私を見て、もう一度言ってご覧。
私は今の自分が大好き。でも昔の自分も嫌いじゃない。だから、箱の中にしまっておくんだ。誰にも開けさせない、誰にも触れさせない。私の秘密の箱。
「秘密、だよ。」
「それってまるで、呪いだね。」
うるさい、うるさい、うるさい。
「シンデレラってさー。」
友達が話し始めた。私は笑顔で聞く。
「魔法でドレスアップされた美しい姿。普段のボロボロな姿。どっちが本当の姿なんだろうね。」
「そんなの魔法で変身した姿でしょ。」
内面の美しさが評価され、それに見合った姿になったんだ。つまり前者に決まってる。この世界は内面が醜ければ何も与えられないのだ。
「それがどうしたの?」
「君は、本当の自分に気付いてる?」
「…は?」
私の顔から、笑みが引くのを感じた。
「君を見て思うんだ。内面を磨きすぎて、すり減ってるんじゃないかって。」
「アンタに、何が分かるってのよ。私は、!」
内面の美しい、おとぎ話のお姫様でいないといけないの。じゃないと、誰も私を探してくれない。母親にも見捨てられてしまう。
「…私は、愛されたいの…。」
私は泣いていた。
「それが君の思う愛か。それってまるで、呪いだね。」
「うるさい!無償の愛を貰って生きてきたくせに、私の何を語ろうってのよ!」
もう、取り繕う事も出来ない。叫ぶ様に出た言葉を聞いて、彼は心底嬉しそうに笑った。
「…やっと、本当の君に出会えたよ。」
私の中の怒りは、水を掛けられた様に消えていた。その代わりに、涙は加速していった。
「君の呪い、分けてよ。君になら僕は呪われても良い。」
時計の針が重なって、深夜を告げる鐘が鳴る。魔法が解けても、この呪いは解けない様にと願った。彼を縛ってしまう呪いだったとしても。
「僕は彼女を愛していました。」
これは僕が、最愛の人を殺した話。
「話を聴いてくださいますか?」
山の中にある小さな教会。目の前にあるステンドグラスから光が漏れ、外からは蝉の鳴き声が聞こえる。長椅子が並び、人は僕しか居ない。だから、僕の話を聴く者は誰も居ない。それでも、僕は話し始めた。
4月、僕の横に光が現れた。
「これからよろしくね。」
高校生になり、初めてのクラスで出来た友達でした。騒がしい教室で、彼女の声だけが鮮明に響いているようでした。
5月、光の中の影を知った。
「私、病気なんだって。もう長くないの。」
僕の両親は大きな病院を営んでいます。そこで、彼女に遭遇しました。彼女は照れ臭そうに涙を流していました。僕は彼女の手助けをしたいと思いました。初めて出来た友達だったから。
6月、僕は愛を知った。
「ありがとう。私も、君が好きだよ。」
僕の告白に彼女は喜んでくれました。それと同時に、悲しそうな顔をしました。長く持たない命で、僕の時間を奪ってはいけないと考えたのでしょう。
7月、彼女は死んだ。
「最後に、お願いがあるの。」
彼女は、僕にそう言いました。僕はその願いを聞き入れました。いつ死ぬか分からぬ恐怖に、いつまでも怯え続けたくないという彼女の願いを。
そう、彼女の願いは、
「私を君の手で、楽にして。」
「僕は彼女を愛していました。だからこそ、彼女を殺したのです。」
僕はここまで話し終え、教会を後にした。もう7月も終わる。まだ僕は捕まっていない。何故教会であんな話をしたのか分からない。誰かに聞かれれば、捕まってしまうのに。でも、多分疲れているんだ。もう、辞めにしよう。
8月、君に会いたい。
「君だけを、愛しているよ。」
僕は彼女に会いに逝く事にしました。
これは僕が、最愛の人を殺し、会いに逝くまでの話。
『仕方のない子ね。』
私の泣き虫な宝物。一生守るって約束したのになぁ。
「お姉ちゃん。」
私には年の離れた弟が居る。気弱な性格で優しくて可愛い弟が居る。この子のためなら、どんな事でも頑張れる。そう思わせてくれる、私の宝物。
「お姉ちゃんが一生傍に居て、一生守ってあげるわ。」
この約束は絶対に守る。そう誓った。
でも、駄目だったみたい。両親の心無い言葉や暴力にも、学校での虐めも、全部耐えてみせた。でも世界は冷たいから、私への風当たりは酷くなるばかり。私は命を絶つ事を選んだ。
「ごめんね。弱いお姉ちゃんで、ごめんね。」
永遠とそう呟きながら、私の人生は終わった。
死んでからも意識はこの世に残るようで、私は弟を見守り続けた。
『あの子も、私と同い年になったのね。』
もう高校生になった彼。彼は私が居なくても、誰にも害を受けずにスクスクと育った。
『もうお姉ちゃんは要らないね。今日が最後にするよ。』
夜空を見上げながら、彼は何か考え込んでいる様だった。
「…お姉ちゃんに会いたいなぁ。」
ふと彼から溢れた言葉。あぁ、今日は私の命日だ。
『お姉ちゃんは、貴方の傍に居るよ。』
届かない声で、彼に話しかける。今まで何度もこうして話しかけた。勿論反応は無い。今日も無反応のはずなのに、彼は私の方に顔を向けた。
「お姉ちゃん、?」
『…貴方、私が分かるの?』
「うん、聞こえるよ。見えるよ。」
彼は泣き出した。きっと私も泣いている。
『ごめんね。約束守れなかったよ。』
「何言ってるの?お姉ちゃんは、守り続けてくれたよ。だって、ずっと傍に居てくれたんだから。」
二人で抱き合った。世界も悪くないって思ったのは、これで二回目だ。一回目は、君が生まれた日だよ。
「お姉ちゃん。僕が泣き止むまで、どこにも行ったら駄目だよ。」
『仕方のない子ね。』
「その代わり、お姉ちゃんの涙の跡が消えるまで傍に居るよ。」
『ありがとう。私の優しい宝物。』
『ようこそ、故人図書館へ。何かお探しで?』
「先月亡くなった彼の、本はありますか?」
『えぇ、もちろん。少しお待ちを。』
「…彼、本当に死んだんですね。」
『人間誰しも、いずれは死ぬのです。それが遅いか早いか、たったそれだけです。』
「それだけでも、私達を苦しめるには十分なんですよ。」
『貴方は、苦しいのですか?』
「…もう、忘れましたよ。」
『そうですか。ならば結構です。』
「…優しいですね。昔の彼みたいに。
『こちら、貴方様がお求めの書物で御座います。』
「ありがとうございます。」
〈〇〇年〇月〇日 こんな俺にも彼女が出来た。俺には勿体ないくらい素敵な人だ。告白してくれた彼女に、恥じない彼氏になりたい。
〇〇年〇月〇日 どうしてだろう。彼女に冷たくしてしまう。嫌いになった訳でもない。なのに、好きを言葉に出来ない。こんなの彼氏失格だ。
〇〇年〇月〇日 どうやら俺は死ぬらしい。車に轢かれそうな猫を助けた為に。あぁ、でもこれで彼女に相応しい恋人になれた。どうか、彼女に今後恋人が出来ませんように。俺の事を引きずってくれますように。〉
「…私、彼が私に飽きたんだって思ってました。それで、私も彼から離れつつあって、本当に彼女失格ですよ。」
『そんな事は御座いませんよ。』
「司書さん、貴方に何が分かるんですか?」
『人間の心など、当の昔に無くしてしまいました。しかし、私は見てきました。』
「…」
『貴方様は、そのお方のお葬式で、涙を流していたではありませんか。』
「…彼が死んだ時、確かに悲しかった。苦しかった。でも、もう何も思えないんです。」
『それは、悲しさに染まってしまっただけです。苦しさに慣れてしまっただけです。』
「…彼に逢いたい。」
『それならば、逢いに行けばよろしいのです。逢いに行ける力を貴方様は持っているではないですか。』
「…司書さん、ありがとうございました。」
『貴方様の力になれたようで、幸いで御座います。』
「じゃあ、行ってきます。」
『行ってらっしゃいませ。』
『人間の〝恋愛〟というものは、何とも厄介です。恋故の寡黙、愛故の執着。こんなものは誰にも届かない、それなのに何故、声を上げて伝えようとしないのでしょう。人間というものは、何とも厄介です。』
『本日も貴方様の人生という名の物語、心よりお待ちしております。』