海月 時

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4/28/2025, 2:14:32 PM

「…もう朝か。」
いつからだろう。朝を憎むようになったのは。

『これからも一緒だよ。約束ね。』
小さな女の子が、こちらを見て笑いかけた。そのうち、視界は暗くなり、次第に意識が覚める。
「…またこの夢か。」
寝起きの掠れた声が、俺以外誰も居ない部屋に漂う。今日も外は快晴だ。俺は必然的に外を睨んだ。あぁ、世界は今日も回っている。

俺は中学に上がってすぐ、事故に遭ったらしい。そのせいで俺は、全ての記憶を忘れてしまった。所謂、記憶喪失というやつだ。俺の中には、何かが消えたような消失感だけが残っていた。そんな自分を見失った時期だ。俺があの夢を見始めたのは。不思議な夢だ。何も覚えていないのに、懐かしさで涙を流した日もあった。きっと、それだけ大切な記憶なのだろう。…もう俺には何も分からないけど。

朝は嫌いだ。夢から覚めてしまうから。現実を思い出させるから。世界が始まるから。

夜は好きだ。夢を見れるから。現実を忘れられるから。世界が終わるから。

『ごめんね。』
夢が始まる。しかし、今日はいつもと違う。小さな女の子は、中学生くらいに成長していた。そして、泣いていた。
「何で泣いてるの?」
俺は堪らず、彼女に聞いた。
『私のせいで、君は事故に遭ったから。』
「それって、どういう事?」
『数年前の今日、私が通行車両を見ずに道路を渡ったのを、君は庇って車に轢かれたんだよ。』
そうだ。俺は彼女を守ったんだ。
『私のせいなのに、私は君の傍に居る事も出来ずに逃げたんだよ。最低だよね。』
「最低じゃない!俺は君を守れて良かったよ。」
だって、君が好きだったから。あぁ、全て思い出せたよ。君のおかげだね。
『…約束をしたのも私からなのに、守れなかった。』
「一緒にはいられなかった。でも、君は会いに来てくれた。それだけで、良いんだよ。」
彼女は少し頬を赤らませた。そして、嬉しそうに涙を流した。
『私はこれからも、君だけが好き。好きなんです。』
「俺もだよ。記憶が消えても、この思いは忘れない。」
二人で泣いた。しかし、俺達は笑っていた。

「…もう朝だ。」
夜が明ける。世界が回る。現実はそんなに良いものじゃない。でも、君がどこかで俺を見守っている世界なら、ずっと続けば良いと願っしまう。

4/25/2025, 2:52:58 PM

「君は恋したい?愛したい?」
これは、愛に恋した僕と恋を愛した君の話だ。

「恋と愛の違いって何だと思う?」
もう高校三年生なのに、彼女はまだ少女のような事を言っていた。
「恋とは、愛情を寄せる事。愛とは、大事なものとして慕う事。」
僕は辞書をめくりながら、そう答えた。しかし、彼女は僕の回答が気に食わないようだった。
「そういうのじゃなくて!気持ち面の話だよ!」
本当に少女だ。気持ちなんて目に見えないものに夢焦がれているのだろうか。
「じゃあさ。君は恋したい?愛したい?」
「どちらかなら、恋したいかな。君は?」
「私は愛したいなぁ。だって、愛情を寄せるよりも、慕う方がロマンチックだもん。」
彼女は笑った。それだけで僕の心は掻き乱される。

「…君は愛みたいだね。皆を慕って、皆から慕われて。」
「何それ。じゃあ君は、恋だね。好きな事だけに愛情を注いでさ。」
悪戯っぽく言う彼女。だから僕もからかうように言ってやったんだ。
「君に恋をしたって言ったら、〝こっちに恋〟って言ったら、どうする?」
「私が愛した君のままで〝愛にきて〟、って言うよ。」
あぁ、本当に僕は君が好きなんだね。

これは、愛に恋した僕と恋を愛した君が恋愛をする話だ。

4/21/2025, 2:04:14 PM

『待ってるよ。』
毎晩聴こえるささやきに、私は堕ちていく。

「本当に鈍い子。皆に置いていかれるわよ。」
幼い頃から散々聞いていた言葉。私は頭の回転も、行動するのも、字を書くのでさえも遅かった。どんなに頑張っても、どんなに先回りしようとしても、空回りして終わった。余計な事を増やすくらいなら、何もしないほうが良い。でも、何もしなければ怠惰だと叱られる。
「…疲れた。」
気付けば、そう呟く日々になっていた。

最近、変な声が聴こえる。夜な夜な宿題に取り掛かっている時の事だった。
『まだ起きてるの?』
初めて聴こえたものはそんな言葉だった。初めの頃は無視していたが、近頃は会話をするようになっていた。
『今日も夜遅くまで偉いね。』
「夜中までやらないと、皆に置いていかれるからね。」
『そっか。』
少し言葉を交わすだけの会話の終わりに、彼を決まって『無理しないでね。』と告げた。

『あれ?今日は勉強してないね。』
「うん。もう必要ないから。」
『そっか。とうとう限界が来ちゃったんだね。』
「限界は元々来てたんだと思うよ。」
『無理しないでって言ったのに。』
「…ねぇ、何で君は私に優しくしてくれたの?」
『君が僕の生前に似てたからかな。』
「君も同じ様に悩んでいたんだね。気付かなかったよ。」
『まぁ、僕はもう終わった事だから。』
「…私が死んでも、君と会えるかな?」
言葉が止まる、終わりを告げるように。でも寂しくはなかった。

『待ってるよ。君と話すために。』
彼の言葉に私は身を委ねた。不思議だね。死ぬ瞬間って宇宙空間に似てる気がする。

3/25/2025, 2:08:38 PM

「残念ながら、ドナーが見つかりませんでした。」
その言葉は、私の余生を決めるものだった。

「じゃあ、君はドナーが居ないと死んじゃうんだ。」
彼はそっかそっか、と呟いた。せっかく初恋の彼と付き合えたのに、癌が見つかるなんて。
「最悪だよね。」
思わず、そう口にしていた。そんな私を、彼は微笑みながら見つめていた。
「君は悪くないよ。」
「でも、私には臓器が必要で、それは誰かの不幸を願う事なんだよ。そんなの、残酷だよ。」
「…僕なら、君に臓器を使って貰えるなら幸せだよ。」
「そんな、悲しい事言わないでよ。」
彼は不敵な笑みを溢した。
「そうだ。僕、旅行に行く予定が入ってね。少しの間、病室に顔を出せないと思う。」
「そっか。楽しんで来てね。」
「うん。お土産待っててね。」

数日後、急遽手術の予定が入った。どうやら、ドナーが見つかったらしい。私はすぐに彼に連絡をしたが、彼から返信は来なかった。数日後の手術は、成功した。

「貴方宛の手紙です。」
看護師から渡された一通の手紙。私は嫌な予感がしたまま、手紙を読み始めた。

【拝啓、愛しの君へ。これを読んでいるという事は、手術は成功したようだね。君に癌が見つかった時、僕は心に決めました。僕の臓器は君だけに捧げると。しかし、只捧げるだけでは、君がこの事を知った時病んでしまう。なので、君には僕の記憶と共に生きて欲しい。そして、僕の分まで笑って欲しい。それが、僕の臓器との交換条件です。
これからも、君を愛しているよ。】

涙が止まらなかった。私はもっと彼を知るべきだった。彼は私に隠れて、臓器の適応検査をしていたなんて、自分事しか頭になかった私には思いもよらなかった。
「こんなお土産、待ってないよ。」

暫くして、私は退院した。横に彼は居ない。でも、もう泣くのは止めた。今日からは、彼の記憶と生きよう。
「まずは、私達の出会いの場所に行こうか。」

3/21/2025, 11:08:12 AM

『お元気ですか?』
窓際に降り立った彼女は、相も変わらず綺麗だった。

「別れよう。」
「お家からの命ですか?』 
「うん。君の話をしたら釣り合わないって言われた。」
「そうですか。ならば仕方のない事ですね。貴方はこれからどう生きるのですか?」
「分からない。」
「そうですか。では、お別れしましょうか。」
「うん。ごめんね。君に良い事がある事を願うよ。」
「私は…。いえ、何もありません。…さようなら。」

俺は最近同じ夢を見る。三年前の夢。当時付き合っていた彼女は、俺の初恋の人だった。でも、別れた。家からの圧に抗えず。
「彼女を振らなければ、今頃彼女はまだ…。」
その時、窓が叩かれる音がした。カーテンを開けると、そこには翼を生やした彼女が微笑んでいた。
『お元気ですか?』
「何で、…君はもう居ないはずなのに。」
彼女は三年前に自殺した。それなのに何故?
『貴方は今、笑えていますか?』
「…笑えてないかも。」
『その様子ですと、まだお家から敷かれたレールを歩いているのですね。』
「楽しい道ではないけど、安全で楽だからね。」
『ならば、貴方が私に告白して下さった事は、かなりの冒険だったのですね。少し嬉しく思ってしまいます。』
「うん。本当は君ともっと一緒に居たかった。」
『別れの日、私が何か言い淀んだのを覚えていますか?』
「覚えてるよ。」
『あの時の続きを言いに、今日は来たのです。』
彼女は真剣な眼差しで、俺を見つめた。
『私は貴方と見る景色が、世界で一番大好きでした。以上です。…そろそろ帰りますね。さようなら。』
そう言い、彼女は月明かりを受け、消えていった。

もしも彼女を振らなければ。もしも家よりも彼女を優先していれば。後悔と憶測は頭を飛び交う。今からでも自分を生きれるだろうか?生きれたのなら、声を大にして言おう。君と見た景色について。

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