「好きだよ。」
軽い彼の言葉が、風に乗って届いてくる。
「好き。」
私の言葉を、彼は軽く受け流した。本当に、私達って付き合ってるんだろうか。そう考えてしまう程だ。街を歩けば可愛い娘ばかり見てるし、煙草だって何度言っても止めてはくれない。〝私の事、好き?〟その言葉を考えて、すぐに飲み込んだ。面倒くさい女って思われたくない。
「今日は、帰るね。」
はぁ、今日も彼は好きとは言ってくれなかったな。哀しいとは思はない。でも…。
「寂しいね。」
そう言葉にした時、強い衝撃を身体に受けた。そして、視界が暗闇に包まれた。私はそのまま、意識を手放した。
気付いた時には、私は死んでいた。どうやらあの日、私は車に轢かれたらしい。
『あぁ、結局彼に好きって言ってもらってないな〜。』
少しの後悔が残る。その時、何処からか小さな声が聴こえた。懐かしい声が。
「死んじゃったんだね。」
彼だ。私の墓参りに来てくれたらしい。墓参りだというのに、相変わらず煙草は咥えたままだ。
『君は変わらないね。泣いてくれても良いのに。』
私の声は彼には届かない。きっと風に乗るには重すぎるのだ。
「ねぇ、戻ってきなよ。一人は寂しいでしょ?」
『うん、寂しいよ。君もだと良いな。』
彼は少し泣きそうな顔をしている様に見えた。
「そろそろ帰るね。また、来るよ。」
もう夕暮れか。きっと、彼はもう来ないのだろう。やっと束縛から解放されたのだから。
風が吹く。
「好きだよ、この先も。君だけが好きだよ。」
彼の煙草の香りと、初めて聞く言葉が風に運ばれる。私の頬には、涙が伝った。
「別れよう。」
私が最も恐れた言葉を告げたのは、私だった。
「…この前、余命宣告されたんだ。」
彼は徐ろに、そう告げた。街は暖かさに包まれ始めているというのに、私の手は震えていた。
私と彼の出会いは、公園だった。その公園の近くには病院があり、患者らしき人が多く見られるが静かなので、私のお気に入りスポットだった。そこで、私は彼に出会った。彼はどこか儚くて綺麗だと思った。正直、一目惚れだ。
「付き合ってください!」
気付けば、そう彼に言っていた。そんな珍行動を彼は邪険にせず、笑ってくれた。絵画のようだった。
それから、私達は友人として会うようになった。彼は病院の患者らしく、暇な時はいつも公園に来ているらしい。
「ここは静かで良いよね。騒がしいのも好きだけどさ。」
彼は微笑みながら、そう言っていた。失礼だけども、きっと彼の儚さは病人というのもあるのかもしれない。
「好きです、出会った時から。付き合ってください。」
二度目の告白も私からした。今度は彼は、受け取ってくれた。やっと恋人になれた。それなのに、私達の関係は終わりに向かっていった。
「別れよう。今までありがとう。」
私から言ったんだ。私の願いとは真逆の告白を。だって知っているから。彼が病室で泣いている事を。その内容が、私への懺悔だった事を。だから、別れを告げた。これ以上彼を苦しめないように、泣かせないようにするために。
「…ごめんね。僕のせいで。」
彼は泣いた。あぁ、泣かせたくなかったのにな。
「ありがとう。本当に大好きだよ。」
彼は私を抱きしめた。彼の腕の中は温かった。
私はきっと最低だ。彼の笑顔も、涙も、あの日の温もりも忘れられずにいる。私から別れを告げたのに、まだ彼に恋をし続けている私は、自己中の化身だ。
【僕はーーー】
これは、僕が書いた遺書だ。
『これから僕が隠した手紙を探してくれ。全部で四つあるよ。』
夜中の二時。親友である彼に、僕は一つのメールを送った。彼にだけは、知っていてほしいと思った。僕が自殺する理由を。
僕が死んだと知らされた彼は、泣く事はなかった。そしてすぐに僕が隠した手紙の捜索を始めた。
『我が親友ながら、薄情なものだね。』
空から彼を見守りながら、そう呟いた。
一つ目の手紙
【僕は君に出会えてよかった。それと同時に、後悔もした。君みたいな人間を、僕みたいな人間が振り回してしまった事だ。でも、君に出会えて幸せだった。】
二つ目の手紙
【僕は死にたかった。理由もなく、只死にたかった。きっと僕は死に恋をしていたんだ。】
三つ目の手紙
【僕は君の時間を奪ってきた。そんな僕が言うのもおかしな話だけどね、僕は君に生きて欲しい。笑っていて欲しいよ。】
彼が見つけれたのは、三つの手紙だけだ。四つ目は見つけられていない。いや、見つからない。何故なら、四つ目はないのだから。
『君が死んだ時に、話してあげるよ。』
数十年後。彼は老衰死で眠りについた。彼が火葬される時、彼の腕の中には僕が書いた手紙があった。僕はそれを見て、静かに涙を流した。
『泣いてはくれなかったのに、大切にしてくれたんだね。』
最後の手紙の行方は、彼の元に手渡された。
『生人図書館、これにて閉館。』
灯っていた蝋燭はゆっくりと消えていった。
生人図書館。生者の未来を記す不思議な本が置いてある図書館。俺はここの司書をやっている。大勢を殺し処刑された俺に、神様とやらがくれたものだ。
『まぁ、俺に罪の意識なんて無いんだけどな。』
はぁ、退屈だ。
俺はここで、優越感に浸るために司書をしている。ここに来る奴は惨めで、哀れで、可哀想な奴ばかり。実に居心地が良い。でも、何だか違うんだよな。
『チッ。もっと俺の存在を上げてみせろよ。』
机を思わず蹴った。机の上に置いてあった本が落ちてくる。あぁー、癖は直らないもんだねー。
落ち着こうとコーヒーを淹れる。コーヒーなんて色のついた飲み物、死んでから初めて飲んだな。意外とイケる味をしてる。少し落ち着いて、先程落ちた本を拾い上げる。この本に記された人間は、もうすでに死んでいる。生人図書館にある本は、死んだ人間のものは置いていない。その人間が死ぬと同時に消滅してしまうからだ。しかし、この本は消えない。何故なら、この人間は、まだ存在しているから。彼もまた、神に拾われた哀れな魂だ。
『一度会ってみたいねぇ。故人図書館の司書さん。』
神は、俺に言った。俺のライバルに値する奴が居ると。それが、故人図書館の司書だ。俺と同じ境遇であり、俺とは真逆の図書館で働いている。一度本気で殺し合ってみたいもんだ。まぁ、負けても死なないけどな。
『さて、そろそろ生人図書館を開くかね。』
俺がそう言うと、蝋燭が灯り始める。
『ようこそ、生人図書館へ。』
さぁ、傍観しよう。あいつらの天国から地獄まで。
「だから、星に願うんだ。」
そう言う彼女を、ずっと見ていたいと思った。
「君は星が好きかい?」
彼女は、僕に問う。僕はいつもと変わらずに答えた。
「嫌いだよ。」
彼女は嬉しそうに笑っていた。
彼女と僕は幼馴染だ。大学に入っても僕達の関係は変わらず、僕は未だに彼女の世話係だ。子供の頃から彼女に振り回され続けた結果、僕は彼女の行動については大体理解できるようになった。それでも、毎日のように交わすあの質問だけは理解できない。彼女はどういった意味で僕に問うのだろう。
「今日も祈ってるの?」
「もちろんさ。」
正直、星に願うのは止めて欲しい。嫉妬してしまうから。
「そういえば、君は何故星を嫌うのかな?」
言ってしまっても良いの?君が好きだから、星に嫉妬してしまっているのだと。恋敵である星が嫌いなのだと。
「本心を言ったら君は、僕を嫌いはずだよ。」
「嫌わないさ。」
「何でそう言い切れるの?」
「君が私を嫌った事はないだろ?だからさ。」
あぁ、恋とは本当に厄介。
「まぁ、君の本心は大体分かってるのだけどね。」
「えっ!?」
「君は私が好き、だから恋敵である星が嫌いなのだろ?」
「…いつから知ってた?」
「さて、いつからだったかな。」
こいつ、だから僕しか友達が居ないんだよ!
「じゃあ、あの質問って何の意図があったの?」
「君がまだ私の事を好きかの確認さ。」
「悪趣味すぎる。」
「知ってるよ。だって私は、君に好きで居て欲しいから、嫉妬して欲しいから、だから、星に願うんだ。」
あぁ、僕の惚れた彼女は、とんだ悪女のようだ。でも、目を離すことができなかった僕は、とっくに彼女に心酔しているみたいだ。