海月 時

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11/20/2024, 2:28:16 PM

「それって、本当に宝物だったの?」
乾いた笑いが出る。何故だか肯定ができなかった。

「何が欲しいの?」
子供の頃から、こう聞かれると黙ってしまった。何を選べば良いのか、全然分からないんだ。だから、笑って言うんだ。
「何もいらないよ。」
何も要らない。その代わりに、与える事を望んでいた。

「掃除やっといてくれない?」
「もちろん。」
「これ買ってきてよ。」
「良いよ。」
クラスの雑用は私の役目。そう思っていた。それが一番の幸せだと思ってきた。

最近、クラスメイトの女子からの扱いが酷くなってきた気がする。勝手に机を荒らされたり、かなりの量の使いをさせられたり。でも、すぐ良くなるよ。きっと。
「何これ、きったな。」
放課後、彼女達が私の机を囲んでいた。その中央には、私の鞄ー小さなクマのぬいぐるみが置かれていた。それは私の唯一の宝物だ。
「塵じゃん。」
そう言って彼女達は、可笑しそうにクマを千切っていった。私は何故か止める事が出来なかった。

彼女達が帰った後、ようやく動けるようになった。ぬいぐるみは原型を留めていなかった。
「大丈夫?」
不意に後ろから気配を感じた。そこにはクラスメイトの男子。無口な子だから、印象は薄い。
「大丈夫だよ。慣れてるから。」
「それ、宝物なんじゃないの?」
何で知ってるんだ?でも、もう良いや。宝物じゃなくなったし。そんな私の様子を察したのか、彼は真剣な眼差しで言った。
「それってさ、本当に宝物だったの?無くなっても何とも思わないなんて、以外と薄情なんだね。」
彼の言葉で気付いた。私は、与えたいんじゃないんだ。大切にしたかったんだ。
「そうだね。私は嘘付きの薄情者だ。」
彼は、私の言葉を聞いて、少し頬を緩ませた。

私はこれから何を大切にしていくんだろう。何の為に時間を浪費していけば良いのだろう。まだ、分からない。でも、まだわからなくたって良い。
「ねぇ、宝物を探すの手伝ってくれない?」

11/18/2024, 3:25:38 PM

【〇〇高校 卒業アルバム】
そう大きく印された、分厚い本。私はページを捲った。

「懐かしいな〜。」
初めに目に付くのは、生真面目に制服を着る生徒の姿。こういう写真って、何で不細工に写るのだろうか。数ページ捲ると、私の元クラスのページになった。そこには、忘れられない想い出の顔が並んでいる。
「昔は、こんな顔してたっけ?」
自分の写真を、指でなぞる。今よりも幼く、芋っぽい顔。
「あれ?この子、こんな名前だっけ?」
名前も朧気なクラスメイト達。懐かしいな。名前を忘れても、顔は忘れない。忘れる事は出来ない。

高校三年間、一人で過ごした。そんな私に友人が出来た。彼女となら親友になれる、そう信じていた。しかし、現実は甘くなかった。夏休みが明ける頃には、私たちの関係は友人から主人と奴隷になっていた。あんなに優しかった彼女は、私の事を虐め始めた。時間が過ぎるにつれ、虐めに加担する人数は増していった。見て見ぬふりをする先生にクラスメイト。彼らは憐れむのではなく、私を見下した。そして安堵した。憎たらしかった。消えてほしかった。

だから、殺したんだ。

卒業式が終わった次の日から、私は一人ずつ殺していった。原型を留めていない私の顔は、彼らにとってさぞ畏怖のものだっだろうか。幸運な事に警察には捕まらなかった。何故かって?私の家がヤクザだからだ。警官だって人間だ。危ない橋は渡りたくないだろう。こういう時には、あの役立たずの親も使える。

私は自室に置いてある鏡を見つめた。そこには卒業アルバムに載っている時よりも、綺麗な顔が映る。整形をして、なるべく元通りにした。それでも、薄く傷は残っている。私はその傷をそっと撫で、小さく微笑んだ。

私はベランダに出て、ライターを取り出した。そして、アルバムに火をつけた。
「じゃあね。」
たくさんの想い出もたくさんの呪と共に消えていった。

11/12/2024, 3:49:38 PM

「ねぇ、死んでくれないかな?」
血塗れの姿。片手に包丁。これは俺が望んだ現実だ。

「真面目に生きなさい。甘えず、誠実に。贅沢はせず、謙虚に。」
小さな頃から、唱えられてきた言葉。確か、曽祖父からの言い聞かせだったはず。俺は、この言葉が嫌いだ。この言葉を言われると、まるで自分が怠惰のように思えてしまう。そして、そう思えば思う程に、脳が侵されていく。

俺の人生は、平凡なものだ。欲を言うことは許されずに育ったせいだろう。俺の人生同様、俺自身も平凡でつまらない人間になってしまった。きっとこれは、望まれる人生なんだろう。それでも、心の何処かでは何かが風化していくようだった。

俺が心の限界を知った時には、もう手遅れだったようだ。手には包丁が握られ、シャツに付いた血が冷たさを帯びていた。目の前には、空になった祖母の身体。俺はそれら全てに意識を向けた。瞬間、吐き気が込み上げてきた。そして、同時に喜びが染み渡った。俺は笑いながら吐いた。
「やっと、自由だ。」
掠れた俺の声が、解放を告げた。

「ねぇ、死んでくれないかな?」
俺は、実の父親に刃先を向けた。父は怒号をあげた。
「お前を、そんな奴に育てたはずはないのに。どこで間違えてしまったんだ。」
「そうだね。アンタらが育てて来た模範人間は、もう死んだんだよ。」
俺は父の喉に一突き。父は黙った。

きっと、俺の今の姿は、望まれないものだ。誰も望んではくれないものだ。しかし、俺にはその孤独が心地良かった。今まで味わった事のない、スリル。俺の人生が終わるまで、このスリルに飽きるまで、俺は自由に生きてやる。

11/6/2024, 2:26:29 PM

「好きだよ。」
身勝手な言葉だ。でも、言わずにはいられなかった。

「ごめんね。私、もうすぐ死ぬの。」
俺はこの瞬間、失恋の痛みを知った。ずっと好きだった彼女に告白しようとした矢先の事だった。俺は、泣き言を飲み込んだ。
「あと、どれくらいなの?」
「分からない。でも、いつ死んでも、おかしくないの。」
そっか、と小さく呟いた。頭の中では、彼女に掛ける言葉を探してる。でも、何も思いつかなかった。そんな俺に、背を向けて彼女は言った。
「だからさ、もうお別れ。」
彼女は、俺に目もくれずに、去っていった。

あれから二週間。俺は彼女の見舞いにも行けていない。病院の場所も、病室の番号も知っている。それなのに、臆病な俺は、彼女の死が怖くて何も出来ないでいる。自分で自分を嘲笑ってしまう。そんな自暴自棄でいると、一通のメールが届いた。俺は、その送り主の名前を見て、すぐに家を飛び出した。

俺は、送り主が居る部屋の扉を、勢い良く開けた。その音に驚いて、目を見開く彼女が居た。
「来たんだね。」
「うん。」
俺達の間に沈黙が流れる。その間に俺は、呼吸を整えた。
「〝最後に君の声が聞きたかった〟って来たから。」
「自分から別れを告げたくせに、って思ったでしょ。」
「思わないよ。俺も君の声が聞きたかったから。」
彼女は、大粒の涙を流した。そして、小さな子供のように叫んだ。
「死にたぐ、ないよっ!まだ、君と、生きでいたいっ!」
そんな彼女を俺は抱きしめた。服に彼女の涙が滲みてきた。でも、不快感はなく、只温かかった。
「好きだよ。ずっと前から、そしてこれからも。」
溢れていた思いは、心に留めて置くには重すぎた。彼女は俺の言葉を聞いて、少し頬を紅く染めた。
「遅いんだよ。バカ。」
小さな声が聞こえた気がした。

俺は毎日病院に通った。彼女が死ぬ瞬間まで。そして、沢山話した。死んだあとに寂しくならないように。忘れてしまはないように。
「来世で、探し出してみせるよ。」
彼女は、最後の力を振り絞るように笑った。そして、彼女は俺の腕の中で、静かに息を引き取った。

腕の中の彼女は、柔らかい雨のように俺を抱きしめてくれた。俺はそれに応えるように抱き返した。次第に彼女が冷たくなっていく。それはまるで、秋の雨を彷彿させた。

11/4/2024, 3:12:58 PM

「良い曲だね。僕は、結構好きだな。」
こんな暗い曲を、君だけは好きだと言ってくれた。

「ミュージシャンだなんて、馬鹿な事を言うな。」
幼い頃から夢見ていたものは、誰かの言葉によって、音を立てて崩れた。でも、悔し涙は出なかった。きっと薄々気付いていたんだ。私には、誰かに勇気を与える、そんな音楽は作れないんだと。だから、これで良かったんだ。早めに気づけて良かったよ。でも、ギターも作曲ノートも捨てる事は出来なかった。

そんな私を見て、幼馴染の彼は泣いてくれた。私の曲をいつも聴いてくれた、唯一のファン。
「この曲、今までで一番好き。」
そう言って、どんな暗い曲でも楽しそうに歌っていた。
「ねぇ、大人になったら、二人で音楽を作ろうよ。僕が作詞、君が作曲。良いでしょ?最高の二人になるよ。」
そんな叶わない夢を笑って話していたっけ。でも、ごめんね。もう君と夢を語る私は、死んじゃったみたいだ。
「そんな事、言わないでよ。生きてるなら、命があるなら、叶わない事なんてないでしょ?」
彼だけは、夢を諦めなかった。だから私も、もう一度頑張ろうと思ったよ。でも、もう立ち直れない。

だって、君が死んじゃったんだから。

私がもう一度夢を目指そう、そう思い立って、真っ先に彼の家に向かった。しかし、彼の家には彼は居なかった。出てきた両親は、目を赤くしていた。そして、彼の身に起きた悲劇を話してくれた。私は、それを聞き、その場に座り込んでしまった。そして、夜が明けるまで泣き続けた。

今日は、彼の葬式の日。私はギターを持って、出かけた。そして、彼の遺影の前で、ギターを奏でた。すぐに、大人が止めに来たけど、私は奏で続けた。哀愁を誘うような曲を。彼が好きだと言った曲を。彼を悼むレクイエムを。

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