『だって。』
同じ傘の中で、彼女は自身の秘密を告げた。
「あの、傘入りますか?」
彼女との出会いは、土砂降りの中でだった。まだ昼なのに暗い空。そんな空を、微笑みながら見上げる彼女。俺は彼女が、異質に感じた。でも、目が離せなくて、気が付いたら声を掛けていた。彼女は、突然話しかけてきた俺にも、微笑みを向けた。
『良いんですか?では、お邪魔させてもらいます。』
俺の傘の中に、彼女は入ってきた。そこでふと思った。今日は朝から土砂降りだったのに、彼女は何故傘を持っていないのだろうか。
『私が何故傘を持っていないか、気になりますか?』
心臓が跳ねた。まるで心の中を読まれているようだった。そんな俺の心情を気にもせずに、彼女は口を開く。
『私には、傘は必要ないんです。だって。』
彼女は先程までとは別の微笑みを浮かべていた。口角は上がっているのに、目は何も映らない程に黒い。
『だって、幽霊。ですから。』
心臓が止まるかと思った。いや、ほんの一瞬、心臓は確実に止まったのだと思う。
『驚きました?今まで話していた相手が、人では無い事に。』
彼女は、少し寂しそうに微笑んだ。そんな彼女の表情を見ると、胸が締め付けられそうだった。
「…人でなくても、貴方は綺麗ですよ。」
俺の言葉に、彼女は微笑んだ。それは雨の中でも輝く太陽に見えた。
この時俺が発した言葉は、彼女への哀れみだったのだろうか、それとも恐怖で頭がおかしくなったのか。もう、今では覚えていない。ただ、一つ言える事がある。それは、俺が彼女に恋をしてしまったという事だ。
この事は、秘密にしよう。彼女の正体も、俺の淡い恋心も。傘の中の秘密にしよう。
6/2/2025, 12:36:43 PM