海月 時

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『ようこそ、故人図書館へ。何かお探しで?』 
「先月亡くなった彼の、本はありますか?」
『えぇ、もちろん。少しお待ちを。』
「…彼、本当に死んだんですね。」
『人間誰しも、いずれは死ぬのです。それが遅いか早いか、たったそれだけです。』
「それだけでも、私達を苦しめるには十分なんですよ。」
『貴方は、苦しいのですか?』
「…もう、忘れましたよ。」
『そうですか。ならば結構です。』
「…優しいですね。昔の彼みたいに。
『こちら、貴方様がお求めの書物で御座います。』 
「ありがとうございます。」
〈〇〇年〇月〇日 こんな俺にも彼女が出来た。俺には勿体ないくらい素敵な人だ。告白してくれた彼女に、恥じない彼氏になりたい。
 〇〇年〇月〇日 どうしてだろう。彼女に冷たくしてしまう。嫌いになった訳でもない。なのに、好きを言葉に出来ない。こんなの彼氏失格だ。
 〇〇年〇月〇日 どうやら俺は死ぬらしい。車に轢かれそうな猫を助けた為に。あぁ、でもこれで彼女に相応しい恋人になれた。どうか、彼女に今後恋人が出来ませんように。俺の事を引きずってくれますように。〉
「…私、彼が私に飽きたんだって思ってました。それで、私も彼から離れつつあって、本当に彼女失格ですよ。」
『そんな事は御座いませんよ。』
「司書さん、貴方に何が分かるんですか?」
『人間の心など、当の昔に無くしてしまいました。しかし、私は見てきました。』
「…」
『貴方様は、そのお方のお葬式で、涙を流していたではありませんか。』
「…彼が死んだ時、確かに悲しかった。苦しかった。でも、もう何も思えないんです。」
『それは、悲しさに染まってしまっただけです。苦しさに慣れてしまっただけです。』
「…彼に逢いたい。」
『それならば、逢いに行けばよろしいのです。逢いに行ける力を貴方様は持っているではないですか。』
「…司書さん、ありがとうございました。」
『貴方様の力になれたようで、幸いで御座います。』
「じゃあ、行ってきます。」
『行ってらっしゃいませ。』

『人間の〝恋愛〟というものは、何とも厄介です。恋故の寡黙、愛故の執着。こんなものは誰にも届かない、それなのに何故、声を上げて伝えようとしないのでしょう。人間というものは、何とも厄介です。』

『本日も貴方様の人生という名の物語、心よりお待ちしております。』

6/17/2025, 3:26:12 PM