「全部、好きなんだ。」
物心ついた時から、〝嫌い〟の一言が言えなかった。
「欲しい物、全部買ってあげるよ。」
裕福な家庭に生まれた私。両親と兄二人と私の五人家族。家族は皆、私を目一杯可愛がってくれた。私が好きと言った物は、何でも買い与えてくれた。そのせいで、私の部屋は物で溢れかえっていた。きっと、誰もが羨む生活。でも私は、心の何処かで息苦しさを感じていた。
「これ、貴方好きでしょ?」
「これ、お前似合いそうだろ?」
家族が各々、私に物を与える。
「ありがとう。全部、好きなんだ。」
私は笑顔で、受け取った。
私は、高校生になってから、夜な夜な家を抜け出すようになった。誰かとの約束がある訳でもなく、只一人で散歩をするだけ。だって、あの家は、あの部屋は、息が詰まってしまう程に苦しいから。
『貴方の好きは?貴方の願いは?』
何かのドラマのポスターに書かれた言葉。私は、何のために生きてるんだっけ?
私は、嫌いだったんだ。不自由のない生活が。全て与えられる現状が。全部、全部、大っ嫌いなんだ。それが、理解できると、何だか心が軽くなった。そして、何かを見つけた気がした。
「はは…。全部分かってたんじゃん…。」
私が望むのは、〝無の理想郷〟だ。
「付き合ってください。」
彼女からの一言で、俺らの物語は始まった。
「将来は、君のお嫁さんにしてくれますか?」
物語の中盤。彼女は、頬を染めながら、俺に尋ねた。俺は、彼女を抱きしめながら言った。
「もちろん。だから、この指は残していてください。」
俺が言うと、彼女は更に赤くなった。その姿が、とても愛おしかった。
「卒業したら、一緒にサイズ測ろうね。」
俺がからかうように言うと、彼女は拗ねてしまった。それでも、小さく頷いてくれた。あぁ、俺はなんて幸せなのだろう。ずっと、この幸せが続いて欲しい。そう心から願った。
しかし、人生思い通りにいかない。彼女は交通事故に遭い、この世を去った。ここで、俺らの物語は幕を閉じた。
俺は部屋の外に出れなくなった。外に出ると、彼女との思い出が散らばっているから。そんなものを思い出してしまったら、きっと俺は立ち直れない。俺は、部屋の隅に蹲ったまま。傍には、彼女に渡すはずだった指輪。
「内緒にしてたのになー。」
時々、考えてしまう。あの事故がなかったら、俺達はずっと幸せだった。そんな起きない、もう一つの物語。あぁ、俺はもう駄目みたいだ。
「もう、いいや。」
そう思った時、僕は空の近くまで上がった。
「なぁ知ってるか?アイツ親が居ないんだとよ。」
学校の奴らは、僕を見てクスクスと笑った。確かに僕の両親は、随分と前に交通事故で亡くなった。人間って単純な生き物なんだ。自分より優れている者を妬み、自分よりも劣っている者を罵る。だから、彼らとは違って親無しの僕は、罵っても良い人間なのだ。
「もう、学校に来んなよ。」
どうせ、来なかったら弱虫だって罵るくせに。本当に面倒くさい。あぁ、気持ちが沈む。空だって、こんなにも淀んでいる。…でも本当に、疲れてきた。
「もう、いいや。我慢するのは、もういいや。」
僕は今、高層ビルの屋上の縁に居る。今から僕は、解放される。きっと天国に居る両親は、馬鹿な子だと言うだろう。それでも、そんな馬鹿な子を産んだのは、アンタらだ。責任を持って、死んでも良いよ、って言えよ。馬鹿でも愛せよ。
「久しぶりに、酸素を感じるよ。」
高層ビルの屋上なんて、酸素が少ないはずなのに。何でだろう。清々しいような、満ち足りているような。そんな感じ。あぁ、そうか。これが生きているって事なんだね。
「はは…。涙が止まらないよ。」
あれ程淀んでいた空は、どこまでも続く青色だ。
僕は、足を前に出し、空へと舞った。
「君はいつも、何を我慢しているの?」
彼に言われた言葉。私は何も言えなかった。
「おねえちゃんに似て、優秀な子ね。」
母は私の頭を撫でながら、優しく微笑んでくれた。
「真面目で素晴らしい。」
父は私を、大きな声で称賛した。でもな、何かな。何かが痛いんだ。なんでなんだろう。
「ねぇ、そこで何しているの?」
自宅の高級マンションの屋上。高級が付くのが納得するほどに、綺麗な景色がそこにあった。そんな景色を眺めていると、突然男の子の声がした。私は振り返ると、無愛想に私を見つめる彼が居た。彼は確か、同級生の。私は笑顔で、言う。
「今から、死ぬの。」
彼は、だろうね、と呟いた。
「何で、君みたいな優等生が自殺なんかするの?」
「疲れたんだよ。優等生を演じるのも、笑顔を作るのも。何もかも。君には分からないよね。」
分かってたまるか。彼みたいに、何もしていないような奴に。優等生は劣ってはいけないの。劣ったら、落胆されるの。私はそれが怖い。
「分からないよ。でも、君が頑張ってきた事は分かる。」
彼は澄んだ目をしていた。まるで全てを肯定するような瞳だった。
「ねぇ、君はいつも、何を我慢しているの?」
「そんなの知って、君に何か得でもあるの?」
「ないよ。でも、君の苦しみを半分個に出来る。」
なにそれ。つい笑ってしまいそうになる。コイツ、意外と良い奴だったんだ。
「頑張りすぎてたんだね。もう大丈夫だよ。」
私は、彼に言われて初めて気づいた。私は泣いていた。
その日、私は声が枯れるまで泣いた。彼はそんな私の傍に居てくれた。泣き終わった時、少し恥ずかしかったけど。それでも、何かが軽くなった気がした。
「厨二病。気持ち悪い。」
あーそかい。私からしたら、アンタらの方がキモいよ。
「先生!またこの子が、睨んできましたー!」
騒々しい放課の教室で、一際大きな声が響いた。その声の主は、私を指差していた。またこれか。私は嫌気が差しながら、先生に訂正をした。
「違います、先生。私は彼女達を睨んでません。」
先生は飽き飽きとした様子で、私達の元にやって来た。
「本当に、睨んでないの?」
「はい。」
「じゃあ何で、毎日こんな事言われているのかな?」
「彼女達の勘違いですよ。」
「あのね。友達になりたいなら、素直に話し掛けた方が良いよ。じっと見てるだけじゃ、何も起きないからね。」
はぁ、また始まった。何で大人って、話をずらすのかな。私達が話しているのは、睨んだかの話なのに。何で私がアイツらと友達になりたいって、思い込んでんだよ。確かに私には友達は、居ないけど。それでも、ボッチにはボッチなりの選択肢があるんだよ。
「えー。私達、嫌なんだけど。この子と友達になったら厨二病になりそうじゃん。マジ気持ち悪〜い。」
笑いながら、貶してきやがって。アンタらがその気なら、私は何も教えてあげないから。
数日後、彼女達グループのリーダーが死んだ。不注意によるものだったらしい。
さて、勘の良い人なら分かるだろう。私は、昔から人の死を視る事が出来る。数日前から、死んだあの子には、黒い靄が纏わりついていた。でも、それを教えようとする度に、言いがかりをつけてきた。そんな彼女を助ける義理は私には無い。本当に気持ち悪いね。黒くて、汚い靄をいつまでも身に着けてさ。