海月 時

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「全部、好きなんだ。」
物心ついた時から、〝嫌い〟の一言が言えなかった。

「欲しい物、全部買ってあげるよ。」
裕福な家庭に生まれた私。両親と兄二人と私の五人家族。家族は皆、私を目一杯可愛がってくれた。私が好きと言った物は、何でも買い与えてくれた。そのせいで、私の部屋は物で溢れかえっていた。きっと、誰もが羨む生活。でも私は、心の何処かで息苦しさを感じていた。

「これ、貴方好きでしょ?」
「これ、お前似合いそうだろ?」
家族が各々、私に物を与える。
「ありがとう。全部、好きなんだ。」
私は笑顔で、受け取った。

私は、高校生になってから、夜な夜な家を抜け出すようになった。誰かとの約束がある訳でもなく、只一人で散歩をするだけ。だって、あの家は、あの部屋は、息が詰まってしまう程に苦しいから。
『貴方の好きは?貴方の願いは?』
何かのドラマのポスターに書かれた言葉。私は、何のために生きてるんだっけ?

私は、嫌いだったんだ。不自由のない生活が。全て与えられる現状が。全部、全部、大っ嫌いなんだ。それが、理解できると、何だか心が軽くなった。そして、何かを見つけた気がした。
「はは…。全部分かってたんじゃん…。」

私が望むのは、〝無の理想郷〟だ。

10/31/2024, 3:01:22 PM