海月 時

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8/12/2024, 3:52:13 PM

「聴いてください。」
演奏が始まる。私は音楽を嫌った彼の演奏に耳を傾けた。

「大丈夫?泣いてるの?」
親からの重圧に苦しめられた少女時代。親にバレないように、こっそりと近所の公園で泣いていた私。そんな私に手を差し伸べてくれた少年が居た。彼は私の傍にいつでも居てくれた。そして、色んな所に連れ出してくれた。中でも一番のお気に入りは、商店街にある小さなCD屋だ。そこで私は、クラシック以外の音楽に出会った。私の中では衝撃的だった。帰り道、私は興奮のままだった。
「また一緒に行こうね!」
「一人で行きなよ。僕、音楽嫌いなんだよ。」
何で音楽が嫌いなのか、聞けなかった。この日以来、私達の会話から音楽は消えた。

私は小学校高学年になった。その分、親からの重圧は増すばかり。今までの私は、きっと反論せずに泣いていた。でも、今の私は違う。私は人生で初めて、親と喧嘩した。
「お前のために言っているんだぞ!」
「ありがとう。でも私には私の人生があるんだよ。」
結果、親は私を縛る事をやめた。いや正確には、縛れないと諦めた。この事をきっかけに、私達は仲良くなった。私が音楽を始めたいと言った時も、文句を言いつつ、ギターをプレゼントしてくれた。ツンデレな親だ。

彼とは中学も高校も一緒だった。その事が只嬉しかった。きっと私は彼に恋をしていた。毎日私の路上ライブを聴きに来てくれる優しさが好きだった。音楽を嫌いだと言っても、私の音楽を好きでいてくれた矛盾した所も好きだった。明日には告白しよう、毎日そう誓いながら眠った。
しかし、その誓いは破られた。私は事故に遭い、死んだ。

「聴いてください。」
彼は私が死んだ数日後、形見と化したギターを持って出かけた。目的地は、私が路上ライブをしていた所だ。そこで毎日欠かさずライブをしていた。
『嫌いだなんて、嘘じゃん。』
小さく呟いた言葉は、誰にも届かず終わる。はずだった。
「音楽で君が作られていたなら、僕はそれを愛すんだ。」
届いているはずがない。それでも、彼が言った言葉が私に向けられているのなら。私の頬には涙が伝った。

『いつか二人で演奏しようね。』
図々しい願いだ。でも願っていたい。君の奏でる音楽が、途絶えるまでは。そして、私の耳に届く間だけは。

8/11/2024, 5:08:56 PM

「これ、君に預ける!」
そう言う君の顔は、泣いているように見えた。

「暫くの間は、ここで一緒に暮らすのよ。」
まだ暑さが続く八月の頃、僕は祖父母の家に預けられた。川が流れ、田んぼ林が茂る。バスは一日に二本、電車もないし、コンビニもない。僕が住んでいた都心とは違い、自然豊かな場所だ。
「ここなら、事故も起きないんだろうね。」
僕の言葉を聞き、祖父母は困ったように顔を見合わせた。

中学の夏休みに入ったと同時に、両親は事故に遭い死亡した。最初は悲しかった。でも泣けなかった。きっと僕は何処かおかしい。そんな僕を見て親戚一同は、この田舎に一時置く事にしたのだ。

「少し、散歩してらっしゃい。」
僕は祖母が言うままに、田舎道を歩く事にした。本当に何も無い場所だ。でも、何故か懐かしさを感じる。暫くその感情に侵っていると、前から何か飛んできた。反射的にキャッチする。何かは、麦わら帽子だった。
「ちょっと避けてー!」
声が聞こえた時には、もう遅かった。少女が猛スピードで僕に突っ込んできた。少しの間、二人で目を回していた。
「ごめんなさい!」
彼女は起き上がり次第に、勢い良く謝ってきた。
「大丈夫。怪我はない?」
「はい。大丈夫です。」
「これどうぞ。これを追いかけてたんでしょ?」
僕は、手に持っていた麦わら帽子を差し出した。
「ありがとうございます。これ、私の宝物なの。」
彼女は帽子を手に取るや否や、嬉しそうに笑った。そして彼女はすぐに、来た道を戻っていった。その背中を見送っていると、また会いたいと思っている自分に気づいた。

数日後、僕達はまた出会った。今度はゆっくりと喋った。自分の事も、周りの事も。時間を忘れて喋っていた。そして帰る時間になると、またねと笑って解散した。

あれから何度も、僕達は遊んだ。彼女との時間が好きだった。天真爛漫な彼女は、僕とは対照的な存在だ。それでも一緒に居たいと、心の底から思えた。そんな僕は少し明るくなったと思う。時々祖父母は、嬉しそうに目を細めた。でも、知っている。僕はもうすぐこの場を去る事を。

「もう会えない。僕は東京に行くから。」
数日すれば、僕は叔父夫妻の家に行く。だからきっと今日が最後だ。彼女は僕の突然の別れの告白に、驚いていた。
「そっか。もう、会えないのか。寂しいね。」
「また来るよ。」
「うん。じゃあこれ、君に預ける!」
そう言って彼女は、被っていた麦わら帽子を僕に押し付けた。僕は戸惑った。
「駄目だよ。これは宝物なんでしょ?」
「だからだよ。絶対に返しに来てね。」
彼女は泣いているように見えた。それでも、全力で笑っていた。僕もつられて笑ってしまった。あぁ、そうか。僕は君に恋をしているんだね。

数年ぶりに訪れた田舎は、何も変わっていなかった。僕は早速、彼女と出会った道を歩いた。彼女に会えるかは分からない。それでも、会いたいのだ。暫く歩いていると、強い突風が吹いた。僕が手に持っていた麦わら帽子を風に乗って飛んでいった。僕は急いで追いかける。少ししたら風の勢いも弱まり、帽子は段々と降下していった。そしてそこに居た一人の女性が取ってくれた。
「待っていたよ。かっこよくなったね。」
彼女はそう言い、微笑んだ。頬には涙が伝っていた。

僕は彼女に、二度目の恋をした。

8/9/2024, 3:11:14 PM

上手くいかなくって良いんだ。
だって、成功したって死んだら無だから。
だったら、最初から適当に生きれば良い。
そして、死にたくなったら死ねば良い。

【君は君の人生という名の物語の主役。君が動かないと物語は始まらない。】
こんな言葉は、偽善だ。
だって物語が進まなくたって、世界は回るのに。
でもこんな戯言が賞賛を受ける世界で、きっと頑張れない俺は悪者だ。
それなら、悪者らしく生きていこう。

文句言ってくる奴には、中指立てろ。そして言ってやれ。
「俺の人生に口出しするなモブが。」

でも世界は冷たい。
上手くできる人間を、英雄と。
上手くできない人間を、怠惰と呼ぶ。

【あの子もできるなら、君だってできる。】
何で分からないんだろうね。
何で全員同じだと思うんだろうね。
そんな謎理論のせいで、何人が死んだんだろうね。

自殺した人間が弱いんじゃない。
自殺に追い込んだ奴らの頭が弱いんだよ。

8/8/2024, 2:41:49 PM

「ごめんね。私が悪いの。」
母は私を抱きしめた。それが最後の母との記憶だ。

「貴方と私は不釣り合いよ。だって私は、美しいから。」
私はそう言い放った。折角告白してくれた相手をこっぴどく振る、学校一の美少女。それが私。自分でも分かってる。最低な事をしてるって。でも、私は彼等には勿体ない。

家に帰り、居間に居る母と喋る。
「ただいま、ママ。」
母は何も言わずに、笑っていた。
「今日も告白されたわ。それを振ったら、罵詈雑言をかけられた。酷いものよね。」
母は何も言わずに、笑っていた。
「今日は疲れたから、もう寝るわ。おやすみ、ママ。」
私はそう言い、居間をあとにした。

自室に戻り、宿題を終わらせる。そして備え付けの冷蔵庫から軽食を取り出し、夕食を済ませる。風呂にも入り、ベットに飛び込むと、ため息が出た。
「ママに会いたいよ。」

「ごめんね。ごめんね。」
私の記憶の中に居る母は、謝ってばかりだった。でもそれは、父が家に居ない時だけ。父が帰ってくると、満面の笑みで出迎えていた。しかし、父は母を毛嫌いしていた。不気味だと嘲笑っていた。そしてそんな生活に耐えかねた母は、自殺した。
「死んで清々する。」
父は母の葬式で、涙を見せる事はなかった。そして、家に帰ってくる事も無くなった。私の顔は、母に似すぎて不快らしい。今の私には、父が残した豪邸と母の遺産、そして母に似た美しい姿だけだ。愛なんてものは、持ち合わせていない。私に愛は、不要なのだ。

あぁ、蝶よ花よ。もっと私を引き立てなさい。そして母を私を、見捨てた醜いあの男を殺しなさい。でも大丈夫よ、ママ。私がママの分まで幸せを掴んで上げるから。心配しないでね。

8/7/2024, 3:08:30 PM

『ようこそ、故人図書館へ。』
「どうも。司書さん、犯罪者顔ですね。」
『そう言う貴方様は、幸の薄そうなお顔ですね。』
「どうとでも。実際、幸薄いので。」
『よく知っております。』
「そうですか。」
『それで、本日はどのようなご要件で?』
「僕には、生きる価値があるんですかね。」
『そのようなものは、誰にも備わってはおりません。』
「普通は、これから見つけるべきとか言うのでは?」
『そのような言葉は、偽善者が述べた戯言に過ぎませんよ。それに…。』
「それに?」
『貴方様の生きる価値は、一つの人生で見つけられ程に安価なのですか?』
「一つの人生で見つけないと、ずっと苦しいままです。」
『それならば諦めれば良いのです。貴方様の祖父がなさったように。』
「祖父は、事故死のはずですが。」
『彼は長年、生への恐怖がございました。そしてついに、自決なさったのです。』
「そうか。祖父も僕と同じだったのですね。」
『彼は死後、こう語っておりました。〝私の孫は立派だ。私が泣くなと頼んだ時から、泣かなくなった。優しくて強い。それが私の孫なんだ。〟』
「僕は泣けなかっただけです。祖父に言われてから。でもそれは、祖父の葬式でもで。僕は大切な家族が死んでも泣けない、屑でしかないんです。」
『貴方様は今、泣いておられますよ。』
「えっ。本当だ。何で今更、出てくるんだよ。」
『貴方様は、まだ死にたいと思いますか?』
「分からないです。」
『今決断する必要はないのです。どうせ人間は、死ぬのですから。今だって死へのカウントダウンは始まっております。これは抗えない、決め事なのです。』
「では、極限まで悩んでも良いんですか?カウントダウンが0になるまで。」
『ええ、どうぞ悩んでください。それが生きた証となりましょう。』

『最初から決まっていた事。それはゲームのルールのようですね。貴方はお利口にルールに従いますか?それとも、死という裏技を取りますか?』

『今宵も、貴方様の物語をお待ちしております。』

『そういえば、最近〝生人図書館〟と言うものがあるそうですね。何でも幽霊も訪れるとか。まぁ、一寸も興味は持ちませんが。』

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