海月 時

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「聴いてください。」
演奏が始まる。私は音楽を嫌った彼の演奏に耳を傾けた。

「大丈夫?泣いてるの?」
親からの重圧に苦しめられた少女時代。親にバレないように、こっそりと近所の公園で泣いていた私。そんな私に手を差し伸べてくれた少年が居た。彼は私の傍にいつでも居てくれた。そして、色んな所に連れ出してくれた。中でも一番のお気に入りは、商店街にある小さなCD屋だ。そこで私は、クラシック以外の音楽に出会った。私の中では衝撃的だった。帰り道、私は興奮のままだった。
「また一緒に行こうね!」
「一人で行きなよ。僕、音楽嫌いなんだよ。」
何で音楽が嫌いなのか、聞けなかった。この日以来、私達の会話から音楽は消えた。

私は小学校高学年になった。その分、親からの重圧は増すばかり。今までの私は、きっと反論せずに泣いていた。でも、今の私は違う。私は人生で初めて、親と喧嘩した。
「お前のために言っているんだぞ!」
「ありがとう。でも私には私の人生があるんだよ。」
結果、親は私を縛る事をやめた。いや正確には、縛れないと諦めた。この事をきっかけに、私達は仲良くなった。私が音楽を始めたいと言った時も、文句を言いつつ、ギターをプレゼントしてくれた。ツンデレな親だ。

彼とは中学も高校も一緒だった。その事が只嬉しかった。きっと私は彼に恋をしていた。毎日私の路上ライブを聴きに来てくれる優しさが好きだった。音楽を嫌いだと言っても、私の音楽を好きでいてくれた矛盾した所も好きだった。明日には告白しよう、毎日そう誓いながら眠った。
しかし、その誓いは破られた。私は事故に遭い、死んだ。

「聴いてください。」
彼は私が死んだ数日後、形見と化したギターを持って出かけた。目的地は、私が路上ライブをしていた所だ。そこで毎日欠かさずライブをしていた。
『嫌いだなんて、嘘じゃん。』
小さく呟いた言葉は、誰にも届かず終わる。はずだった。
「音楽で君が作られていたなら、僕はそれを愛すんだ。」
届いているはずがない。それでも、彼が言った言葉が私に向けられているのなら。私の頬には涙が伝った。

『いつか二人で演奏しようね。』
図々しい願いだ。でも願っていたい。君の奏でる音楽が、途絶えるまでは。そして、私の耳に届く間だけは。

8/12/2024, 3:52:13 PM