海月 時

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「これ、君に預ける!」
そう言う君の顔は、泣いているように見えた。

「暫くの間は、ここで一緒に暮らすのよ。」
まだ暑さが続く八月の頃、僕は祖父母の家に預けられた。川が流れ、田んぼ林が茂る。バスは一日に二本、電車もないし、コンビニもない。僕が住んでいた都心とは違い、自然豊かな場所だ。
「ここなら、事故も起きないんだろうね。」
僕の言葉を聞き、祖父母は困ったように顔を見合わせた。

中学の夏休みに入ったと同時に、両親は事故に遭い死亡した。最初は悲しかった。でも泣けなかった。きっと僕は何処かおかしい。そんな僕を見て親戚一同は、この田舎に一時置く事にしたのだ。

「少し、散歩してらっしゃい。」
僕は祖母が言うままに、田舎道を歩く事にした。本当に何も無い場所だ。でも、何故か懐かしさを感じる。暫くその感情に侵っていると、前から何か飛んできた。反射的にキャッチする。何かは、麦わら帽子だった。
「ちょっと避けてー!」
声が聞こえた時には、もう遅かった。少女が猛スピードで僕に突っ込んできた。少しの間、二人で目を回していた。
「ごめんなさい!」
彼女は起き上がり次第に、勢い良く謝ってきた。
「大丈夫。怪我はない?」
「はい。大丈夫です。」
「これどうぞ。これを追いかけてたんでしょ?」
僕は、手に持っていた麦わら帽子を差し出した。
「ありがとうございます。これ、私の宝物なの。」
彼女は帽子を手に取るや否や、嬉しそうに笑った。そして彼女はすぐに、来た道を戻っていった。その背中を見送っていると、また会いたいと思っている自分に気づいた。

数日後、僕達はまた出会った。今度はゆっくりと喋った。自分の事も、周りの事も。時間を忘れて喋っていた。そして帰る時間になると、またねと笑って解散した。

あれから何度も、僕達は遊んだ。彼女との時間が好きだった。天真爛漫な彼女は、僕とは対照的な存在だ。それでも一緒に居たいと、心の底から思えた。そんな僕は少し明るくなったと思う。時々祖父母は、嬉しそうに目を細めた。でも、知っている。僕はもうすぐこの場を去る事を。

「もう会えない。僕は東京に行くから。」
数日すれば、僕は叔父夫妻の家に行く。だからきっと今日が最後だ。彼女は僕の突然の別れの告白に、驚いていた。
「そっか。もう、会えないのか。寂しいね。」
「また来るよ。」
「うん。じゃあこれ、君に預ける!」
そう言って彼女は、被っていた麦わら帽子を僕に押し付けた。僕は戸惑った。
「駄目だよ。これは宝物なんでしょ?」
「だからだよ。絶対に返しに来てね。」
彼女は泣いているように見えた。それでも、全力で笑っていた。僕もつられて笑ってしまった。あぁ、そうか。僕は君に恋をしているんだね。

数年ぶりに訪れた田舎は、何も変わっていなかった。僕は早速、彼女と出会った道を歩いた。彼女に会えるかは分からない。それでも、会いたいのだ。暫く歩いていると、強い突風が吹いた。僕が手に持っていた麦わら帽子を風に乗って飛んでいった。僕は急いで追いかける。少ししたら風の勢いも弱まり、帽子は段々と降下していった。そしてそこに居た一人の女性が取ってくれた。
「待っていたよ。かっこよくなったね。」
彼女はそう言い、微笑んだ。頬には涙が伝っていた。

僕は彼女に、二度目の恋をした。

8/11/2024, 5:08:56 PM