海月 時

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8/2/2024, 3:20:07 PM

「貴方はお荷物でしかないのよ。」
この言葉を最後に、両親は私の前から消えた。

「ねぇ、お話しない?」
誰だ、こいつ?病衣を着ているから、きっと入院患者だろう。身長の低い男の子、中学生ぐらいかな。そんな事を思っていると、彼は少し不貞腐れたように言った。
「僕、高三だから。もうすぐ成人だから。」
驚いた。私と同い年なのか。いや、驚くのは失礼か。私は心の中で謝った。
「君の両親って、何でここに来ないの?」
彼は不思議そうに言った。私は胸が締め付けられた。そして、ゆっくり話し始めた。

私は昔から、体が弱かった。それでも、学校に通えた。私が高校に入る前までは。
「か弱い振りして気持ち悪いんだよ。」
高校に入学してすぐだった。私は虐めのターゲットにされた。両親にも相談した。しかし、誰も信じてはくれなかった。唯一真実を知っている担任は、早々に私を見捨てた。あれから何ヶ月経った頃だ。私は心身を病み、学校に行けなくなったのは。その時から、両親が私を蔑むようになった。私は両親にとってお荷物でしかないのだ。だから、両親は私に会いに来ない。私に価値がないから。

「僕もね。暫く両親に会ってないよ。」
彼は小さく言った。
「僕、もうすぐ死ぬんだ。そんな僕を、両親は捨てた。」
彼の声は、今にも泣き出しそうな声だった。気付いた時には、私は泣きながら彼を抱きしめていた。
「私達、似た者同士だね。」
彼は泣いていた。彼の涙が、私の服に染み込む。その涙はとても温かくて、優しかった。
「これからは、私が君の傍に居る。」
「じゃあ、僕は君を守るよ。」
私達は、小さな病室で誓った。お互いを見捨てないと。

二ヶ月後、彼は亡くなった。余命よりも一ヶ月も生き延びたという。

片付けられた彼の病室。ふと知りたくなった。彼にはどんな景色が見えていたのか。彼は一人でどんな景色を見ていたのか。窓の外を見ると、自然と涙が出た。
「綺麗だね。君みたいに。」
病室の窓から見えるものは、小さい。しかし、温かくて優しい景色が、そこにあった。

8/1/2024, 3:37:31 PM

「バイバイ。」
そう言って笑う彼は、もう私の中にしか居ない。

「辛い。」
言葉にすると余計に、辛くなる。あーあ、もう良いや。我慢しなくても良いや。私は雨の降る中、屋上に向かった。
「久しぶりに来たな。」
この建物の屋上には、思い出が詰まってる。その思い出の全てには、彼が居た。私の最愛。消え去った人。

「ねぇ、そこからはどんな景色が見えるの?」
彼と出会った日も、連日の雨だった。そして私は、自殺をしようとしていた。
「何も見えないよ。」
「それは君が泣いてるからじゃない?」
そう言い、彼は笑ってくれた。その事が只嬉しかった。久しぶりに誰かの笑顔を見た気がした。気付いた時には、私は全てを話していた。両親からの虐待、クラスでの虐め、辛かった事も悲しかった事も、話した。彼は無言で私の話を最後まで聞いてくれた。そして、言ってくれたんだ。
「これからは俺にも、君の痛みを分けてよ。」
この日から何ヶ月も彼は私の話を聞きに来てくれた。私はその時間のために、生きてきた。
「また明日ね。バイバイ。」
いつものように彼が言う。その帰る姿を眺める。何故だが嫌な予感がした。そして、その嫌な予感は当たった。

彼は交通事故に遭い、この世を去った。

ここに来ると楽しかった思い出が溢れている。それと同じくらいに寂しさが込み上がる。じゃあこの場を去れば良い。それなのに足が動かない。とっくに気づいていたんだ。彼と出逢った時から。
「私、まだ生きていたいんだ。」
その事実を痛感し、涙が出た。今日は辞めよう。この場所は彼との思い出の地だから。雨の日は彼を思い出すから。

生きる=辛い。辛い=死にたい。こんな矛盾が頭を支配する。私は醜い。最愛の人が死んでも、まだ生に執着してしまう。もう生きる理由は消えただろうに。空を見る。雨は止まずに、振り続ける。私は小さく誓った。
「明日、もし晴れたら彼に逢いに逝こう。」

7/31/2024, 3:04:23 PM

「私と友達になってよ。」
そう言って彼女は、僕を暗闇から引きずりだした。

「友達は出来たか?」
個人面談の際、必ず教師に聞かれる質問だ。僕はクラスでも友達が居ない、カースト外の自他認める陰キャだ。一人は良い。無駄に感情が揺さぶられる事もなく、自分の好きな事に時間を消費できる。この生活が続けば良かったのに。

「今日ここで見た事は、皆には内緒だよ。」
ここは病院の待合室。そんな所で僕は、クラスの一軍女子に詰められている。理由は、僕が見てしまったからだ。彼女が、脳外科から出る瞬間を。
「言わないよ。繊細な事だし。」
僕が当然の事を言うと、彼女は驚いた顔をした。
「本当に?君って意外と、真面目なんだね。」
僕はクラスでどう思われているのやら。
「君は良い奴だね。ねぇ、私と友達になってよ。」
はぁ?僕は唖然していた間に、僕達はメール交換をし終えていた。陽キャは皆、こんな感じなのだろうか。

あれから僕達は、クラスでも話すようになった。その度に何であいつ、みたいな視線が感じた。しかし、その視線に慣れたら案外、彼女との時間も悪くなかった。でも、僕は知っている。この時間はもう終わってしまうのだと。

「今までありがとう。」
そう言う彼女の顔には、覇気が感じられなかった。その事がより、終わりを感じさせた。もうすぐ彼女は死ぬ。それを知っている友達は僕だけだろう。
「君と話せなくなるのは、少し寂しいよ。」
君は悲しそうに言う。彼女のこんな姿を見るのは辛い。
「僕達、出会わなければ良かったね。」
口をついて出た言葉。言った後に気付く。僕はなんて最低な人間なんだろう。死期の近づく彼女を慰めるどころか、突き放すような事を言ってしまった。
「君と出会わなければ、こんな思い知らなかったよ。」
僕は惨めに泣いた。そんな僕を見て彼女は、笑った。
「私のせいじゃなくて、私のお陰でしょ?私は君に出会った事を後悔しない。だって私、今幸せだもん。」
君はそう言って、この世を去った。その顔は満足げに見えた。待って、僕はまだ君に謝ってないのに。

僕は臆病者だ。誰かと関わって傷付くのが怖い。誰かを傷付けるのが怖い。だから、一人でいたい。それでも、本当は一人が嫌だった。寂しいから、誰も居なくて暗いから。でもそんな僕を彼女は、救ってくれた。ありがとう。僕の最初の友達。

7/30/2024, 4:32:40 PM

「大丈夫だよ。」
そう言って微笑む彼。辞めてくれ。笑わないでくれ。

「一緒に帰ろうよ。」
俺が帰りの準備をしていると、彼は俺の机までやって来た。彼とは中学からの仲で、俺の隣はいつも彼だった。
「帰り、どっか寄る?」
「寄らないよ。僕の家、知ってるでしょ。」
彼は、少し暗い顔をした。彼は成績優秀で、人柄もよく皆から好かれる人気者だ。そんな彼の家族は、数年前事故で他界した。それからは天涯孤独で、バイト三昧だそう。今日も学校が終わってすぐに、バイトに向かうらしい。
「大変だな。俺に出来る事があったら、何でも言えよ。」
「ありがとう。でも、大丈夫だよ。」
彼は笑っていた。俺はお前が嫌いだよ。

彼が嫌い。いつだって俺の上を行く彼が、妬ましかった。彼が天涯孤独になって、親戚から酷い扱いを受けていると知った時、俺は初めて神に感謝した。やっと彼に勝てるチャンスが来た。そう心を弾ませていたのに。彼は笑っていた。何もないかのように、只笑っていた。その瞬間、俺は自分がちっぽけな存在だと思い知らされた。

いつもの帰り道、彼が小さく言った。
「何で僕が嫌いなのに、傍に居てくれるの?」
俺は驚いた。気付いていたのか。本当にこいつは聡い。
「お前が嫌いだよ。」
俺が惨めに感じるから。お前が俺の上を行くから。
「僕は君が好きだよ。僕が嫌いでも、仲良いふりをしてくれるから。」
お前の嫌いな所なんて、いくつも浮かぶ。でも極めつけはその瞳だ。全てを見透かすような、澄んだ瞳が嫌いだ。
「今までありがとう。もう仲良いふりしないで良いよ。」
彼は泣いていた。初めて見たその顔に、胸が痛かった。
「お前の貼り付けた笑顔も、瞳も、全部嫌いだ。でも、お前の本当の笑顔は好きだったよ。」
気付いた時には、俺は泣いていた。一番嫌いなのは、俺自身の事なのかもな。親友の心の支えにもなれず、傍に居るだけの無意味な俺が嫌いだ。

お前の澄んだ瞳に俺はどう映っているだろうか。その瞳には、全ての物が綺麗に映るのだろう。それはきっと、汚い俺でさえも。俺は一人で居る彼の前に行き、言った。
「もう一度、俺と友達になってください。」
今度は、間違えないように。本当の笑顔で笑い合えるように。君の瞳に、綺麗な俺が映るように。

7/29/2024, 3:06:08 PM

「好きでした。」
そう言う彼女は、雨に濡れた後のようだった。

「好きです。付き合ってください。」
二年前に一目惚れした彼女に、僕は告白した。初めはただの学校の後輩。しかし、気付いた時には目で追っていた。最も仲良くなりたい、彼女を知りたい。そう思ったら居ても経ってもいられず、猛アタックした。そして今、玉砕覚悟の告白をするまでに至る。
「ありがとうございます。」
彼女は泣いていた。困らせてしまった。その罪悪感で逃げ出したくなった。しかし、そんな考えはすぐに消えた。
「私も好きです。これからもよろしくお願いします。」
晴れて僕は、彼女と付き合える事になった。天に舞う気持ちだった。これからもこの幸せが続くように、祈った。

「いかないで。傍に居てください。」
嵐の音・車の音の雑音の中、彼女の声だけが鮮明に聞こえた。僕は彼女を泣かせてばかりだな。どうか泣かないで。笑って。遠のく意識の中、それだけを望んだ。

嵐の中。僕は車との衝突により、彼女を残して死亡した。

僕が死んだ日も嵐の日だった。そんな事をぼんやり考えていたら、彼女が虚ろな目で動き出した。屋上のフェンスを乗り越え、街を見下ろす彼女。きっと死ぬのだろう。
「私は先輩が好きでした。笑う顔が声が、好きでした。だから、ずっと笑って欲しかった。ずっと傍に居て欲しかった。それが叶わないなら私は死んでもいい。」
彼女は弱々しく言った。僕のせいで彼女が死んでしまう。それなのに、こんな僕を愛してくれてありがとうという気持ちが溢れてくる。あぁ、僕は最低な奴だ。それでも、願ってしまう。彼女に生きて欲しいと。
『生きて。』
自分勝手なのは分かってる。それでも、これからの幸福を彼女に捨てないで欲しい。この想いが彼女に届け。そう思った時、彼女は一度僕の方を向いた。そして少し笑った。
「私が死んだら、先輩は怒ってしまいますよね。」
彼女の顔は、泣きそうな嬉しそうな顔に見えた。

今日も僕は謳う。嵐が来ようとも掻き消されぬ声で、彼女への愛を謳う。

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