海月 時

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「大丈夫だよ。」
そう言って微笑む彼。辞めてくれ。笑わないでくれ。

「一緒に帰ろうよ。」
俺が帰りの準備をしていると、彼は俺の机までやって来た。彼とは中学からの仲で、俺の隣はいつも彼だった。
「帰り、どっか寄る?」
「寄らないよ。僕の家、知ってるでしょ。」
彼は、少し暗い顔をした。彼は成績優秀で、人柄もよく皆から好かれる人気者だ。そんな彼の家族は、数年前事故で他界した。それからは天涯孤独で、バイト三昧だそう。今日も学校が終わってすぐに、バイトに向かうらしい。
「大変だな。俺に出来る事があったら、何でも言えよ。」
「ありがとう。でも、大丈夫だよ。」
彼は笑っていた。俺はお前が嫌いだよ。

彼が嫌い。いつだって俺の上を行く彼が、妬ましかった。彼が天涯孤独になって、親戚から酷い扱いを受けていると知った時、俺は初めて神に感謝した。やっと彼に勝てるチャンスが来た。そう心を弾ませていたのに。彼は笑っていた。何もないかのように、只笑っていた。その瞬間、俺は自分がちっぽけな存在だと思い知らされた。

いつもの帰り道、彼が小さく言った。
「何で僕が嫌いなのに、傍に居てくれるの?」
俺は驚いた。気付いていたのか。本当にこいつは聡い。
「お前が嫌いだよ。」
俺が惨めに感じるから。お前が俺の上を行くから。
「僕は君が好きだよ。僕が嫌いでも、仲良いふりをしてくれるから。」
お前の嫌いな所なんて、いくつも浮かぶ。でも極めつけはその瞳だ。全てを見透かすような、澄んだ瞳が嫌いだ。
「今までありがとう。もう仲良いふりしないで良いよ。」
彼は泣いていた。初めて見たその顔に、胸が痛かった。
「お前の貼り付けた笑顔も、瞳も、全部嫌いだ。でも、お前の本当の笑顔は好きだったよ。」
気付いた時には、俺は泣いていた。一番嫌いなのは、俺自身の事なのかもな。親友の心の支えにもなれず、傍に居るだけの無意味な俺が嫌いだ。

お前の澄んだ瞳に俺はどう映っているだろうか。その瞳には、全ての物が綺麗に映るのだろう。それはきっと、汚い俺でさえも。俺は一人で居る彼の前に行き、言った。
「もう一度、俺と友達になってください。」
今度は、間違えないように。本当の笑顔で笑い合えるように。君の瞳に、綺麗な俺が映るように。

7/30/2024, 4:32:40 PM