「私と友達になってよ。」
そう言って彼女は、僕を暗闇から引きずりだした。
「友達は出来たか?」
個人面談の際、必ず教師に聞かれる質問だ。僕はクラスでも友達が居ない、カースト外の自他認める陰キャだ。一人は良い。無駄に感情が揺さぶられる事もなく、自分の好きな事に時間を消費できる。この生活が続けば良かったのに。
「今日ここで見た事は、皆には内緒だよ。」
ここは病院の待合室。そんな所で僕は、クラスの一軍女子に詰められている。理由は、僕が見てしまったからだ。彼女が、脳外科から出る瞬間を。
「言わないよ。繊細な事だし。」
僕が当然の事を言うと、彼女は驚いた顔をした。
「本当に?君って意外と、真面目なんだね。」
僕はクラスでどう思われているのやら。
「君は良い奴だね。ねぇ、私と友達になってよ。」
はぁ?僕は唖然していた間に、僕達はメール交換をし終えていた。陽キャは皆、こんな感じなのだろうか。
あれから僕達は、クラスでも話すようになった。その度に何であいつ、みたいな視線が感じた。しかし、その視線に慣れたら案外、彼女との時間も悪くなかった。でも、僕は知っている。この時間はもう終わってしまうのだと。
「今までありがとう。」
そう言う彼女の顔には、覇気が感じられなかった。その事がより、終わりを感じさせた。もうすぐ彼女は死ぬ。それを知っている友達は僕だけだろう。
「君と話せなくなるのは、少し寂しいよ。」
君は悲しそうに言う。彼女のこんな姿を見るのは辛い。
「僕達、出会わなければ良かったね。」
口をついて出た言葉。言った後に気付く。僕はなんて最低な人間なんだろう。死期の近づく彼女を慰めるどころか、突き放すような事を言ってしまった。
「君と出会わなければ、こんな思い知らなかったよ。」
僕は惨めに泣いた。そんな僕を見て彼女は、笑った。
「私のせいじゃなくて、私のお陰でしょ?私は君に出会った事を後悔しない。だって私、今幸せだもん。」
君はそう言って、この世を去った。その顔は満足げに見えた。待って、僕はまだ君に謝ってないのに。
僕は臆病者だ。誰かと関わって傷付くのが怖い。誰かを傷付けるのが怖い。だから、一人でいたい。それでも、本当は一人が嫌だった。寂しいから、誰も居なくて暗いから。でもそんな僕を彼女は、救ってくれた。ありがとう。僕の最初の友達。
「大丈夫だよ。」
そう言って微笑む彼。辞めてくれ。笑わないでくれ。
「一緒に帰ろうよ。」
俺が帰りの準備をしていると、彼は俺の机までやって来た。彼とは中学からの仲で、俺の隣はいつも彼だった。
「帰り、どっか寄る?」
「寄らないよ。僕の家、知ってるでしょ。」
彼は、少し暗い顔をした。彼は成績優秀で、人柄もよく皆から好かれる人気者だ。そんな彼の家族は、数年前事故で他界した。それからは天涯孤独で、バイト三昧だそう。今日も学校が終わってすぐに、バイトに向かうらしい。
「大変だな。俺に出来る事があったら、何でも言えよ。」
「ありがとう。でも、大丈夫だよ。」
彼は笑っていた。俺はお前が嫌いだよ。
彼が嫌い。いつだって俺の上を行く彼が、妬ましかった。彼が天涯孤独になって、親戚から酷い扱いを受けていると知った時、俺は初めて神に感謝した。やっと彼に勝てるチャンスが来た。そう心を弾ませていたのに。彼は笑っていた。何もないかのように、只笑っていた。その瞬間、俺は自分がちっぽけな存在だと思い知らされた。
いつもの帰り道、彼が小さく言った。
「何で僕が嫌いなのに、傍に居てくれるの?」
俺は驚いた。気付いていたのか。本当にこいつは聡い。
「お前が嫌いだよ。」
俺が惨めに感じるから。お前が俺の上を行くから。
「僕は君が好きだよ。僕が嫌いでも、仲良いふりをしてくれるから。」
お前の嫌いな所なんて、いくつも浮かぶ。でも極めつけはその瞳だ。全てを見透かすような、澄んだ瞳が嫌いだ。
「今までありがとう。もう仲良いふりしないで良いよ。」
彼は泣いていた。初めて見たその顔に、胸が痛かった。
「お前の貼り付けた笑顔も、瞳も、全部嫌いだ。でも、お前の本当の笑顔は好きだったよ。」
気付いた時には、俺は泣いていた。一番嫌いなのは、俺自身の事なのかもな。親友の心の支えにもなれず、傍に居るだけの無意味な俺が嫌いだ。
お前の澄んだ瞳に俺はどう映っているだろうか。その瞳には、全ての物が綺麗に映るのだろう。それはきっと、汚い俺でさえも。俺は一人で居る彼の前に行き、言った。
「もう一度、俺と友達になってください。」
今度は、間違えないように。本当の笑顔で笑い合えるように。君の瞳に、綺麗な俺が映るように。
「好きでした。」
そう言う彼女は、雨に濡れた後のようだった。
「好きです。付き合ってください。」
二年前に一目惚れした彼女に、僕は告白した。初めはただの学校の後輩。しかし、気付いた時には目で追っていた。最も仲良くなりたい、彼女を知りたい。そう思ったら居ても経ってもいられず、猛アタックした。そして今、玉砕覚悟の告白をするまでに至る。
「ありがとうございます。」
彼女は泣いていた。困らせてしまった。その罪悪感で逃げ出したくなった。しかし、そんな考えはすぐに消えた。
「私も好きです。これからもよろしくお願いします。」
晴れて僕は、彼女と付き合える事になった。天に舞う気持ちだった。これからもこの幸せが続くように、祈った。
「いかないで。傍に居てください。」
嵐の音・車の音の雑音の中、彼女の声だけが鮮明に聞こえた。僕は彼女を泣かせてばかりだな。どうか泣かないで。笑って。遠のく意識の中、それだけを望んだ。
嵐の中。僕は車との衝突により、彼女を残して死亡した。
僕が死んだ日も嵐の日だった。そんな事をぼんやり考えていたら、彼女が虚ろな目で動き出した。屋上のフェンスを乗り越え、街を見下ろす彼女。きっと死ぬのだろう。
「私は先輩が好きでした。笑う顔が声が、好きでした。だから、ずっと笑って欲しかった。ずっと傍に居て欲しかった。それが叶わないなら私は死んでもいい。」
彼女は弱々しく言った。僕のせいで彼女が死んでしまう。それなのに、こんな僕を愛してくれてありがとうという気持ちが溢れてくる。あぁ、僕は最低な奴だ。それでも、願ってしまう。彼女に生きて欲しいと。
『生きて。』
自分勝手なのは分かってる。それでも、これからの幸福を彼女に捨てないで欲しい。この想いが彼女に届け。そう思った時、彼女は一度僕の方を向いた。そして少し笑った。
「私が死んだら、先輩は怒ってしまいますよね。」
彼女の顔は、泣きそうな嬉しそうな顔に見えた。
今日も僕は謳う。嵐が来ようとも掻き消されぬ声で、彼女への愛を謳う。
『大丈夫だよ。』
そう言い、私の手を引く彼の手は、とても冷たかった。
「嫌だよ。死なないで。」
私が小学校に入る前、道路で死んでいる狐を見た。その姿が痛ましくて、気づいた時には泣いていた。その後、親に内緒で狐を庭まで運び、小さなお墓を作った。
「痛いの痛いの飛んでいけ。」
来世では辛くないように、幸せになれるよう願った。
あれから数年経った夏。私は地元の神社で毎年行われる、夏祭りに来ていた。人混みに嫌気が差し、少し離れた所に行こうとした時だった。周りの風景が一気に変わった。そこは何も無い暗闇だ。怖い。そんな感情よりも、懐かしいと思った。私は一度ここに来た事がある。
あれは確か、私が小学校低学年の頃だ。夏祭りに来ていた私は、一緒に居た兄とはぐれてしまい一人になった。そして今のような状況になった。暗くて、怖くて、蹲っていた私。そんな時、声がした。
『大丈夫だよ。僕についてきて。』
その声の主は、狐のお面をしている男の子だった。私は藁にすがる思いで、彼について行った。彼は私の手を強く握ってくれた。しかし、その手は冷たく、生きた人間だとは思えなかった。兄のもとに辿り着いた時には、彼の姿はなかった。
そんな思い出に老けていると、足元に何かあたった。私はその衝動のまま、地面に倒れ込んでしまった。
『大丈夫だよ。今回もちゃんと送り届けるから。』
あの頃と変わらぬ声がした。見てみると、そこには彼が居た。狐のお面していて、表情は分からないが、私を心配しているように見えた。
『怪我してるの?痛いの痛いの飛んでいけ。』
彼は優しいおまじないをかけてくれた。私は気付いた。
「もしかして、あの時の狐さん?」
『うん。僕の最後に君がくれた優しさを返しに来たよ。』
涙が溢れた。彼はずっと私を見守ってくれていたんだ。なんて優しさが溢れているのだろう。
「貴方に会いに来てもいいですか?」
私の言葉に彼は少し戸惑っているようだった。
「ここは生と死の境。生きてる者が来たら駄目だ。』
「じゃあもう会えないの?」
『年に一度。夏祭りの日に僕が会いに行くよ。』
私は笑った。まるで織姫と彦星だ。私が笑うと、君は小さく笑ったように見えた。
夏祭りで私は恋をした。そして、その恋は叶わない。それでも、願う。彼との時間が一分でも一秒でも続く事を。
「何故そこまでするんだ?」
もう分かんないよ。
『私の命令に従いなさい。』
ある時、神様が舞い降りて、こう言った。当時はどういう事か分からなかった。しかし、段々と分かるようになってきた。僕は神様のために存在しているのだと。
この国では、昔からあらゆる所に神様が存在していた。それはきっと、人間の心の中にもだ。僕はそんな人間の心に住み着く神様の言葉を信じ、実現してきた。それが悪い事でも、神様の命令は絶対なのだ。
ある夏の日、神様が舞い降りて、こう言った。
『人間を一人、殺しなさい。』
僕は頷き、ナイフを持って出かけた。向かう場所は、僕のたった一人の友達の家だ。
「急にどうしたんだ?」
彼は僕の突然の訪問に戸惑いながらも、笑顔で出迎えてくれた。僕はそんな彼を、直視できなかった。
「お願いだから、僕に殺されてくれ。」
僕の狂った言葉に、彼は動じなかった。彼は僕に小さく、理由を聞いてきた。
「僕の神様がそれを望んだから。なんて言ったら笑う?」
彼は頭を振った。その顔は微笑んでいた。
「得体のしれない神なんかに、何故そこまでするんだ?」
「分からない。でも、生きる理由が欲しかったのかも。」
僕は泣いていた。酷く愚かな事をしている気がした。そんな僕を見て彼は、少し同情しているようだった。
「可哀想だから、殺されてあげるよ。」
僕は震える手でナイフを握り、彼に向けた。彼は全てを受け入れるように、笑っていた。
彼を殺したあとも、体が震えていた。もう僕は戻れないんだ。僕が泣いていると、神様が舞い降りて、こう言った。
『私を殺して。』
神様の殺し方なんて知らない。でも、この神様は僕の心に住み着いている。それならば、殺し方は一つしかない。僕は持っていたナイフで、自分の腹を割いた。