海月 時

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『大丈夫だよ。』
そう言い、私の手を引く彼の手は、とても冷たかった。

「嫌だよ。死なないで。」
私が小学校に入る前、道路で死んでいる狐を見た。その姿が痛ましくて、気づいた時には泣いていた。その後、親に内緒で狐を庭まで運び、小さなお墓を作った。
「痛いの痛いの飛んでいけ。」
来世では辛くないように、幸せになれるよう願った。

あれから数年経った夏。私は地元の神社で毎年行われる、夏祭りに来ていた。人混みに嫌気が差し、少し離れた所に行こうとした時だった。周りの風景が一気に変わった。そこは何も無い暗闇だ。怖い。そんな感情よりも、懐かしいと思った。私は一度ここに来た事がある。

あれは確か、私が小学校低学年の頃だ。夏祭りに来ていた私は、一緒に居た兄とはぐれてしまい一人になった。そして今のような状況になった。暗くて、怖くて、蹲っていた私。そんな時、声がした。
『大丈夫だよ。僕についてきて。』
その声の主は、狐のお面をしている男の子だった。私は藁にすがる思いで、彼について行った。彼は私の手を強く握ってくれた。しかし、その手は冷たく、生きた人間だとは思えなかった。兄のもとに辿り着いた時には、彼の姿はなかった。

そんな思い出に老けていると、足元に何かあたった。私はその衝動のまま、地面に倒れ込んでしまった。
『大丈夫だよ。今回もちゃんと送り届けるから。』
あの頃と変わらぬ声がした。見てみると、そこには彼が居た。狐のお面していて、表情は分からないが、私を心配しているように見えた。
『怪我してるの?痛いの痛いの飛んでいけ。』
彼は優しいおまじないをかけてくれた。私は気付いた。
「もしかして、あの時の狐さん?」
『うん。僕の最後に君がくれた優しさを返しに来たよ。』
涙が溢れた。彼はずっと私を見守ってくれていたんだ。なんて優しさが溢れているのだろう。
「貴方に会いに来てもいいですか?」
私の言葉に彼は少し戸惑っているようだった。
「ここは生と死の境。生きてる者が来たら駄目だ。』
「じゃあもう会えないの?」
『年に一度。夏祭りの日に僕が会いに行くよ。』
私は笑った。まるで織姫と彦星だ。私が笑うと、君は小さく笑ったように見えた。

夏祭りで私は恋をした。そして、その恋は叶わない。それでも、願う。彼との時間が一分でも一秒でも続く事を。

7/28/2024, 2:25:44 PM