「一生君の傍に居る。」
こんな事を言った過去の自分を殴ってやりたい。
「もう最後だね。」
窓の外を眺めながら彼女が言った。顔がよく見ない。しかし、泣いているような気がした。
「そんな事言わないでよ。」
僕は泣いていた。そんな僕の涙を彼女は拭ってくれた。
「泣かないで。笑って。」
何でこんなに優しい彼女が、病気で死ななければならないのか。僕は神を呪った。
「一生君の傍に居る。だから、君も僕から離れないで。」
僕の言葉を聞いた彼女は、少し悲しそうな顔をした。
「ありがとう。」
そう言う彼女の顔は、どこか悲しそうな笑顔だった。
〈今までありがとう。君のお陰で楽しい人生だったよ。私があっちに逝っても、泣かないで笑っててね。〉
彼女の遺書を読んで、僕は泣いた。あの時、一生なんて言わなければ良かった。彼女にとってあの言葉はどれだけ辛かったか。どれだけ呪ったのか。もっと考えて、言えば良かった。謝らなきゃ。僕が彼女を苦しめたのなら、僕は謝らなきゃ。じゃないと、彼女の彼氏だなんて名乗れないよ。僕は屋上に向かった。
〈今から逝くよ〉
僕は彼女宛に、一件のLINEを送った。送信してから思う。何で僕はこんな無駄な事をしたのか。分からないけど、死への恐怖を振り払いたかったのかも。彼女はこんなに怖い事を、一人で抱えていたのか。でも大丈夫。これからは、僕も一緒に抱えるよ。僕は、重力に従うように落ちて逝った。
『起きる時間だよ。』
嫌だよ。起きたくない。
『おはよう。』
俺は言葉が出なかった。目の前には、死んだはずの彼女が居たのだ。彼女は変わらぬ、優しさを纏っていた。
『ここがどこか分かる?』
「もしかして、天国?」
『半分正解かな。ここはね、あの世とこの世の堺目。』
俺は少し残念に思う。俺は完全に死に切る事が出来なかったのだから。
彼女が亡くなった日から、俺の世界は彩りを失った。何もしてもつまらないし、ただ辛いだけだった。だから、自殺しようと思った。彼女に逢いに逝こうと思った。そして、俺は飛び降りた。
『さぁ、もう起きる時間だよ。』
彼女は微笑みながら言った。嫌だ。ここに居たい。彼女と一緒に居たい。そんな言葉にならない、感情がこみ上げてくる。
『君はまだ生きるべきだ。』
「そんな事ないよ。誰も悲しまないし、気にしないよ。」
『私は君が死んだら、悲しいよ。』
ずるいよ。そんな事言われたら、生きたくなっちゃうじゃん。俺は泣いていた。
『来世で逢えたら、また恋をしよう。』
そういった彼女の頬は濡れていた。
目が覚めると、真っ白な天井が目に映る。彼女の面影はどこにもなかった。しかし、彼女が見守ってくれている気がした。これからどう生きようか。窓の外を眺める。そして思う。彼女との思い出を辿るのも良いかもしれない。
「可哀想に。」
お願いだから、そんな言葉、言わないでよ。
「死ねよ。」
何度も実の姉に言われた言葉。その度に私はどう思っていたのだろうか。もう忘れたよ。自己中心的な姉二人、その二人優先な両親。それが私の家族。時々、思う。私は異物なのだと。家でも学校でも、どこに行ったって馴染めない。それでも、我慢する。自分が笑える場所を求めて、作り笑みを浮かべながら。だけど、もう限界かも。
「こんな所で、何してるの?」
私がフェンスを登り終えた時、後ろで声がした。振り返ると、そこには無表情の男子学生が居た。
「見れば分かるでしょ。自殺だよ。」
私がそっけなく答えると、彼は退屈そうに言った。
「自ら命を絶つだなんて、可哀想に。」
何言ってるんだこいつ。私が可哀想?ふざけんな。
「自分が選んだ道を突き通す事の何が悪い?あんたには異常かもしれないけど、私に正常なの。」
大声を上げてしまった。彼は少し驚いた顔をしていた。
「僕にとっても異常じゃないよ。君からの視点だけで語らないで。僕の事、何も知らないくせに。」
「あんたに何があったって言うのよ。」
「僕だって死にたいと思うよ。虐めが始まった時から。」
「何で何もしなかったの?」
「この日々が、当たり前になってしまったからかな。」
胸が締め付けられた。ここにも居た。私と同じ人間が。
「でもさ、やっぱ悔しいよ。」
彼は話した。私達の人生を壊す方法を。
「きっと僕と君は似た者同士だ。だから、一緒に当たり前を壊しに行きませんか?」
あの日、あの時、彼が言った言葉に私の心は動いた。彼となら、不可能なんてない気がした。私たちは誓った。私達の当たり前が壊れる様を、二人で見よう。そして心の底から笑ってやろう。
「大丈夫。」
そう言って微笑む彼女。ごめんね。
「暑い〜。」
そう言って顔を顰める彼女。季節は7月。
「そんなに言うなら、長袖辞めればいいじゃん。」
「嫌だよ。長袖は私のトレードマークだよ。」
そう言ってクルクル回ってみせた。スカートから見える、無数の包帯。俺は何も言えなかった。
「こんな夜に呼び出してごめんね〜。」
「良いよ。暇だったし。…何かあったの?」
彼女は何も言わない。
「警察に言った方がいんじゃない?」
俺がそう言うと、彼女は少し震えた。彼女の親は、彼女に対して暴力を振るっている。彼女は体についた、無数の痣と傷を隠すために、常に長袖と包帯を巻いている。そのせいで、クラスで孤立していた。
「大丈夫。」
「大丈夫じゃないだろ。お前が言わないなら、俺が。」
「警察に言っても、何も解決してくれなかったよ。」
俺は初めて、彼女の泣き顔を見た。
「もう良いよ。助けなんて求めない。自分で何とかする。最後に君と会えて良かったよ。」
彼女はそう言って、俺の目の前に現れることはなかった。
数日後、彼女の死体が発見された。彼女の家族と共に。
あーあ。もう全部面倒くさい。全部が煩わしい。彼女を助けなかった、警察も、先生も、クラスメイトも、僕も。あの時、俺が彼女を救えたら現状は違っていたのか?
「彼女の選んだ道は正しい。そう思うのが俺の使命か。」
俺は丘の上で、彼女を殺した街の明かりが消えるのをただ眺めていた。
「ごめん。別れよ。」
ふった本人が泣くなよ。あーあ。何で涙が止んねーだろ。
「何で今日が、七夕なんだよ。」
世間が浮かれている中、俺の気分は沈んでいた。一部では恋の日と言われている七夕。そんな日に俺は、二年付き合っていた彼女に振られた。何でも、好きな人が出来たとか。俺は用済みだとか。
「本当に馬鹿だな~。」
一瞬でも彼女を疑った俺も、俺にあんな事言った彼女も、大馬鹿者だ。それでも良いさ。彼女が楽になれるなら。
「一年ぶりだな。元気してた?」
返事はない。何故なら、彼女はもうこの世に居ないから。突然発症した癌。そのせいで彼女は帰らぬ人に。俺が振られたあの日には、もう余生が決まっていたようだ。別に知っていた訳でも、分かっていた訳でもない。ただ彼女の涙は、真実だと思っただけだ。
「お前、昔から織姫と彦星の話好きだよな。」
彼女にとって俺は、生きる理由になれたかな。だからあの時、泣いてくれたのか。もう、答えは分からない。
「また来年、来るよ。」
七夕なんて嫌いだ。織姫も彦星も嫌いだ。
「幸せになんて、なんなよ。」
俺は夜空に輝く星に向かって、言い放った。