『ようこそ。故人図書館へ。』
「こんばんわ。本が読みたいんだけど。」
『おや、珍しい。どちらの書物でしょうか?』
「先月亡くなった、僕の友だちのなんだけど。」
『こちら、お探しのものです。』
「ありがとう。」
〈〇〇年〇月〇日 今日、友だちと喧嘩した。俺が羨ましいって、怒鳴られた。俺だって、お前が羨ましいって、怒鳴り返してしまった。明日謝ろう。
〇〇年〇月〇日 俺達は仲直りした。そして、彼と一緒に駅まで行った。駅のホームに着いた。バイバイと彼に手を振った時、彼に押された。タイミング良く、電車が来た。俺を押した彼は泣いているように見えた。許さない。〉
「見なきゃ良かった。何で、恨まれてないかもって期待したんだろう。」
『それは誤りだと思います。最後までお読みに?』
「見なくない。これ以上、惨めな思いはごめんだよ。」
『〈俺の友だちに、そんな顔をさせた奴を、俺は一生許さない。それが俺だとしたら、俺は彼に殺されて当たり前だ。〉』
「…僕の両親さ、小5の時に離婚したんだ。それから僕は教育熱心な母親に育てられた。あの時から、常にテストでは95点以上が当たり前。それ未満だったら、ずっと説教。中学に入ってからは、学年一位を取れって、ずっと言われてきた。それなのに、僕はいつも2位だった。あいつは、いつも一位。」
『貴方様のご友人は、幼少期から親の期待を背負わされておられました。あの方にとって、一位は当たり前だったのです。』
「母親も段々と、僕を見捨ててきてさ。それが一番辛かった。あいつさえ居なければ。そんな最低な思考が浮かんだ。気付いた時には、僕はあいつを殺していたんだ。」
『最低ではありませんよ。あの方は、貴方様に殺される事を望んだ。貴方様はそれを叶えた。それだけです。貴方様が望んだ結果ですのに、何故貴方様はお泣きに?』
「何でだろうね。もう、分からないよ。」
『左様でございますか。今から後を追いに?』
「うん。ちょっと謝ってくるよ。」
『貴方様の物語の終幕は、どんなものか楽しみに待っております。』
『お友だちの思い出、それはパンドラの箱。鬼が出るか蛇が出るか。其れ共、涙が流れるのか。貴方様に、思い出を見る勇気はございますか?』
『本日も貴方様の、物語をお待ちしております。』
「私は、お星様になりたい。」
笑顔で話す彼女。俺はいつもの冗談、そう思っていた。
「プラネタリウム、綺麗だったね。」
何度目だよ、と心の中で呟いた。彼女は俺の考えを察知したのか、何回見たっていいの、と笑顔で答えた。
「本当に星が好きなんだね。」
毎週末、俺は彼女に連れられて、プラネタリウムを見ていた。そして毎回、寝落ちしてしまう。
「君は本当に、お星様への関心がないね。」
彼女は呆れたように言った。
「資産家令嬢の考えは、分からないよ。」
「その呼び方、やめて。」
冗談で言ったのに、彼女は真剣な顔で言い返してきた。そのせいで、俺達の間には、気まずい空気が流れた。
「今日はもう、帰るね。」
彼女はそう言い、早足で去っていった。
「おい!ここで何してるんだよ!」
俺は上がる息を宥めながら、彼女に言った。
「見つかっちゃった。」
彼女は、笑顔で言った。教室の窓の外を眺めていると、彼女が屋上のフェンスを越えていたのだ。俺は慌てて、ここまで来たのだ。
「危ないから、戻って来い。」
「嫌だよ。私は、お星様になりたい。」
こんな時まで、冗談を。しかし、彼女の目は揺るがない。
「何でそんなに、星になりたいんだよ。」
「私が令嬢だの何だので、周りから孤立していた時。親からの過剰な期待を受けて辛い時。いつだって、お星様は見守ってくれた。だから、私も誰かの人生の傍観者になりたい。人生の演者は、もう嫌なんだ。」
彼女の切実な願いに、胸が苦しくなる。それと同時に、怒りがこみ上げてくる。俺は星なんて大嫌いだ。
「星なんて見るなよ。俺だけを見てくれ。俺はお前の助けになれないのか?」
「じゃあさ。君が演者の劇を、私に見せてくれる?」
彼女は、真剣な眼差しで言う。
「最高な劇を、お前に見せてやる!」
俺が言うと、彼女は泣きそうな笑顔で飛び降りた。
空を見上げる。星が輝き、風が歌う。彼女の居ない日々は想像以上に辛かった。それでも俺は演者で、彼女は観客。楽しませるのが俺の役目だ。星空の向こうで彼女を見つけて、俺はもう一度、彼女に恋をする日を、星に願った。
『貴方に、チャンスを与えましょう。』
そう言い、微笑む顔は悪魔のようだった。
『俺は死んだのか?』
何もない所に、俺が居るだけ。確か俺は、車に轢かれて死んだはず。では、ここは俺が居た世界とは違うのか?
『惨めな人間ですね。』
何者かが言う。暗くて姿は見えない。
『親に無理心中をさせられた。しかし、自分だけは、生き残り、スラム街で暮らす事になった。そこは、犯罪者の巣窟。いつしか、自らも悪に手を染める事に。』
何者かが、平坦と言う。驚くべき事に、何者かが話した内容は、俺の過去の話だった。何故こいつは知っている?
『窃盗、暴行、殺人は常。警察に捕まっても、死罪は免れない。そんな中で、殺害された。見るに堪えませんよ。』
今こいつは何て言った?殺害?そんなはずはない。俺は事故死のはず。
『おや、知らなかったのですか?貴方は、共に悪事を働いた仲間により、事故死に見せかけ殺害されていますよ。警察に殺せば罪を軽くする、と言われたのでしょう。』
乾いた笑いが出た。俺は親にも仲間にも見放されたのか。良かった。これ以上、惨めなまま生きなくて。
『惨めな貴方に、チャンスを与えましょう。』
何だ?自分に仕えろとでも言うのか?
『貴方には、死者の記憶を記す図書館。故人図書館の司書を務めてていただきたいです。務めていただけたら、今までの罪を帳消しにしましょう。』
俺がやったところで、こいつには何のメリットもない。本当に何がしたいんだ?
『貴方ほどの苦労人、そうそういません。それに知りたいでしょう?貴方に関わった人、貴方が殺した人、皆どのように生きてきたのか。』
あいつ等の生き様。知りたい。そして確かめたい。人の善悪の有無を。それにしても、こいつは何者なんだ?
『私はただの、遊び好きな神様ですよ。』
「司書さんって、何で司書やってんの?」
『さぁ?忘れてしまいましたよ。』
私の記憶は、私と神様だけが知っていればいいのです。
今宵も、貴方様の物語をお待ちしております。
〜故人図書館〜 時折、相談室。
「僕は幸せです。」
そう言い残し、私の最愛の人は亡くなった。
「死んでしまいたい。」
その言葉が口をついた瞬間、私は死の選択を選んだ。きっとこうなったのは、神様のせい。神様が私の最愛の人に、不治の病というオプションを付けたせい。許さない。私から彼を、生きる意味を奪いやがって。でも、こんな悪態を付くのも疲れた。彼に会いたいよ。
『やっぱりここに来ましたか。』
ここは彼が人生の半分以上を過ごした病院。その屋上に、半透明な彼が居た。いつもの笑顔でそこに居た。
『会いたかったです。でも、ここに来ては駄目ですよ。』
彼はやんちゃな子供を宥めるように言った。
「そんな事言わないでよ。私は君が居ない人生なんてどうでもいいんだよ。」
私は泣いていた。死んだ彼と再会できて嬉しい。しかし、これは本当に彼との再会のお陰か?
『君と出逢えて、僕は幸せでした。だから、君にも幸せになって欲しいんです。死以外の選択肢で。それに君はー。』
お願いだからそれ以上は言わないで。
『本当に死ぬ気はないのでしょ?』
「そうだよ。でも、君と会いたい、この気持ちは本物だよ。どれだけ思いが強くても、死ぬのは怖いよ。」
全て話した。改めると、最低だと思う。それでも、これが人間ってもんだろう。結局は、自分が一番なのだ。
『それが聞けてよかったです。』
彼は笑顔のままだった。作り物には見えない程の、穏やかな笑顔だった。
『怖いのならば、生きてください。人生の限界まで生き抜いてください。それが、僕のたった一つの願いです。』
彼はそれだけを残して、空の青さに飽和されていった。
死ぬのは怖い。それでも、生きていたくない。そんな矛盾を抱えながら、私は生きていく。辛く、苦しい人生でも、この道の先に彼が笑って待っている。そう思うだけで、生きたいと思える。きっと人間は難しいようにできてるだけで、本当は単純なんだ。
『お前の願いは何だ?』
彼が聞く。私は何も答えられなかった。
『天使様が、こんな所に来るなよ。』
冷たく突き放すように言う彼。ここは地獄。私は天使。神に仕える者。彼は〝元〟天使。悪を更生させる者。天国が私の居場所。では何故、私はここに居るのだろう。
あれは彼が、善の死者を殺した時だった。本来、善の死者は、人間として輪廻転生をする。それが決まりだ。それなのに、彼は善の死者を殺した。これは大罪だ。
『何故こんな事を?君は天使じゃなくなるんだぞ。』
『あいつは人間になる事を拒んだ。そして、死を望んだ。だから殺した。あいつを救うために。』
意味が分からなかった。死が救済に?馬鹿げてる。
『何故お前達は、善人が死を望まないと思っている?優し過ぎるから分かる痛みが存在するというのに。』
そう言った彼の羽は、黒く染まり始めていた。
『俺は皆の願いを叶えたい。綺麗事かもしれない。だとしても、やらずにはいられないんだ。お前の願いは何だ?』
私は何も言えなかった。
あの日から考えた。私の願い。一つだけある。きっと私はこの願いのために、地獄に居たのだろう。私は自分の願いを伝えるべく、地獄へと向かった。
『また来たのか。』
彼は呆れ気味に言った。私は感情が昂らないよう、深呼吸を一つした。
『以前は答えられなかった、私の願いを言いに来た。』
彼は先程とは違い、真剣な眼差しをしていた。
『君とまた日差しの当たる場所を歩きたい。』
きっと私は、彼と一緒に居たい、それだけの思いでここまで来たのだろう。くだらないかもしれない。それでも、私の思いはこの一つだけだ。
『俺はもう、君が知ってる天使じゃないんだぞ。それでもいいのか?』
『もちろんだ。親友だろ?』
私達は笑った。天国にも届く、大声で。