海月 時

Open App

『お前の願いは何だ?』
彼が聞く。私は何も答えられなかった。

『天使様が、こんな所に来るなよ。』
冷たく突き放すように言う彼。ここは地獄。私は天使。神に仕える者。彼は〝元〟天使。悪を更生させる者。天国が私の居場所。では何故、私はここに居るのだろう。

あれは彼が、善の死者を殺した時だった。本来、善の死者は、人間として輪廻転生をする。それが決まりだ。それなのに、彼は善の死者を殺した。これは大罪だ。
『何故こんな事を?君は天使じゃなくなるんだぞ。』
『あいつは人間になる事を拒んだ。そして、死を望んだ。だから殺した。あいつを救うために。』
意味が分からなかった。死が救済に?馬鹿げてる。
『何故お前達は、善人が死を望まないと思っている?優し過ぎるから分かる痛みが存在するというのに。』
そう言った彼の羽は、黒く染まり始めていた。
『俺は皆の願いを叶えたい。綺麗事かもしれない。だとしても、やらずにはいられないんだ。お前の願いは何だ?』
私は何も言えなかった。

あの日から考えた。私の願い。一つだけある。きっと私はこの願いのために、地獄に居たのだろう。私は自分の願いを伝えるべく、地獄へと向かった。

『また来たのか。』
彼は呆れ気味に言った。私は感情が昂らないよう、深呼吸を一つした。
『以前は答えられなかった、私の願いを言いに来た。』
彼は先程とは違い、真剣な眼差しをしていた。
『君とまた日差しの当たる場所を歩きたい。』
きっと私は、彼と一緒に居たい、それだけの思いでここまで来たのだろう。くだらないかもしれない。それでも、私の思いはこの一つだけだ。
『俺はもう、君が知ってる天使じゃないんだぞ。それでもいいのか?』
『もちろんだ。親友だろ?』
私達は笑った。天国にも届く、大声で。

7/2/2024, 4:44:54 PM