海月 時

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6/23/2024, 3:05:52 PM

「早く大人になりたいな〜。」
昔は今の現状に満足せずに、大人に憧れた。それなのに、今の俺は過去の俺が見たらどう思うだろうか。

〈〇〇小学校 卒業アルバム〉
そう大きく書かれた、分厚い本が目に入る。実家の倉庫の片付けをしている時だった。休憩がてら、アルバムを開く。
〈俺の将来の夢は、格好良い大人になる事です。〉
俺の将来の夢の欄には、そう書かれていた。抽象的すぎる夢に、顔が綻んだ。俺はなれたかな?

子供の頃は、自分こそが世界の主人公だった。そして、大人になったらもっとすごいことが待っている、そう信じていた。しかし、大人になって知った。昔憧れた大人は、存在しないのだと。大人はすごい、格好良いと目を輝かせていたあの頃にはもう戻れない。大人も社会も、薄汚いものだ。きっとその事を知った日から、俺もまた、薄汚い大人になっていったのだ。過去の俺を叱ってやりたい。抽象的な夢を抱く前に、もっと努力しろと。大人になってから頑張っても、もう遅いのだと。そして、教えてやりたい。お前が夢を見ているその日々が一番楽しいと。

あぁ、もう一度やり直したい。そんな馬鹿げた夢、叶うはずはない。ならばいっそ、これ以上汚くなる前に終わりたい。

足が自然と会社の屋上へと向かう。フェンスを越えると、そこには美しい景色があった。世界も上辺だけは綺麗なんだな。俺は少しの勇気と来世への期待を胸に、前へ歩く。

子供の頃は自分が世界の中心だった。大人になったら世界を回す歯車になった。歯車だとしても、俺が死んだら世界が悲しんでくれると期待してもいいじゃないか。

6/22/2024, 2:09:04 PM

「貴方には普通の日常を生きて欲しいの。」
母の口癖だ。普通の日常ってなんだろう。  

「ごめんね。普通の子に育てられなくてごめんね。」
昔、母が机に伏せながら俺に言ってきた。その側には、〈性同一性障害〉と書かれた紙があった。俺は戸惑った。俺は普通じゃないのか?分からない。しかし、一つだけ分かった。俺は母が望む子にはなれなかったのだ。その事がただ申し訳なかった。
「母さんは悪くない。私、普通の子になるよ。」
あの時決めた。私は普通の子になって、普通の日常を、人生を歩むのだと。

あの日から私は、普通の娘を演じた。学校では友達と恋バナをしたり、休日はカフェ巡りやショッピング。メイクやネイルは可愛い系。これが私の、普通の女子高生の日常。
「貴方が普通になって良かったわ。」
母はそう言って、嬉しそうに笑う。これがきっと正しい道なんだ。私は女の子。可愛いものが大好きな女の子。毎日そう言い聞かせて眠る日々。なんだか、疲れたよ。

「これでよしっと。」
部屋の天井にロープを吊るし終え、私は一息着く。やっと終われる。そう思うといつもより心が軽かった。俺は、鏡に向かった。今までは鏡を見るのが辛かった。見る度に、自分の性別を言い聞かせられるようで。でも、今の私は、ベリーショートの髪にメンズの服を身に纏っている理想の姿。
「最後ぐらい、俺の好きにさせてね。」
俺は空中に言葉を放った。返事がなくとも、心地よい。俺は、自分の首にロープを掛けた。静かな部屋で、俺の体が浮いたままだった。

6/21/2024, 3:15:36 PM

「女の子なんだから。」
聞き飽きた言葉。私を否定するこの言葉が大嫌いだ。

「ランドセルの色、何がいい?」
小学校入学前、両親とランドセルを買いに来た時だった。
「黒色がいい。」
私は目の前にある、黒いランドセルに目を奪われた。しかし、私の言葉を聞いて両親は戸惑った表情をした。
「黒色だと男の子みたいでしょ?貴方は女の子なんだから、赤色とか桃色にしなさい。」
貴方は変。そう言われた気がした。結局、ランドセルの色は、赤になった。

あの日から私は、自分の心に嘘をついてきた。黒色よりも赤色。格好良いよりも可愛い。こうして偽れば、世界に馴染めた。これは正しい事。そう思い込んでいた。

〈僕は、黒よりも赤が好き。赤ってリーダーって感じでかっこいいし、可愛いから好き。でも、これは世間からは認められなかった。それが辛かった。好きな事を好きだと言えない世界なんて、こっちから願い下げだ。〉
これは数日前に飛び降り自殺をした男子高校生が書いた遺書だ。私は、彼の飛び降りた後の姿を見た。元の形を残しておらず、真っ赤に染まっていた。私はきっと、その姿を忘れられない。

男は黒、女は赤。その偏見を強要し、自分がした言動を一切疑わない奴ら。うんざりだ。もう、辞めにしよう。自分を偽るのは疲れた。だから、ここに来た。
「屋上、初めて来たなー。」
風に耳を澄ませ、目を閉じた。きっと葬式では、皆黒い服を着て来るのだろう。私の好きな色。楽しみだ。
「でも、あの時見た赤は綺麗だったな。」
私は、誰かの記憶に残るようにと、飛び降りた。

6/20/2024, 2:53:06 PM

「貴方に出会えてよかった。」
俺が何と言おうと、返事は来ない。あぁ、狂おしい程に愛おしい。

「悪魔だ。」
殺した相手に言われた言葉だ。悪魔だなんて。俺は神に仕える身だぞ。神は人間にお怒りだ。私利私欲のために相手を蹴落とす姿勢、差別をする物言い、全てに対して、呆れておられる。だから、俺が神に代わり人間に鉄槌を下す。

この街では、十歳になったら教会にお祈りをしに行く風習があった。俺も十歳の時に行った。そこで俺は神に心を奪われた。周りから見たらただの石像。しかし、俺の目には美しく清い姿に見えた。そして俺は、神に仕えるために産まれてきたのだと、理解した。どうすれば神は喜ぶだろうか、俺は考えた。そして、一つの案に辿り着いた。この世で一番不要なもの【人間】を無くせばいいのだ。

「君が噂の人殺しくん?」
目の前の男が聞く。俺は頷く。何なんだコイツ?普通もっと慌てるだろ。もしかすると、俺よりも強いのか?
「僕は今から君に殺されるだろう。その前に一つ聞いてくれるか?」
「恨み言か?」
「神を買い被るな。神は戦争の止まないこの世界を、楽しんでいるぞ。」
その言葉を残し、男は死んだ。

あの男の言葉が頭から離れない。俺が仕えてきた神は、俺が信じてきた神は、腹黒いものなのか?
「貴方がいたから、俺は正しい道を歩けました。」
しかし本当は、貴方がいたから俺の人生は狂ったのか?神からの答えはない。きっと、俺が信じた神はもういない。
「神が死ぬ時、俺もまた死ぬ事ができる。」
そして俺は、血塗られた手で自分の喉を掻っ切った。

6/19/2024, 3:44:23 PM

「これ使って。」
彼はそう言い、傘を差し出す。お願いだから優しくしないでよ。

「ごめん。」
彼は悲しそうに言う。私は今、人生初の告白をし振られた。恥ずかしさから彼を見れない。
「こっちこそ、ごめん。迷惑だよね。」
私はそう言って、早足でその場から離れた。

彼と出会ったのは、雨の日だった。傘を忘れた私に、彼は傘を差し出してくれた。私は申し訳ないからと断ったが、彼は傘を置いて走っていった。小さくなっていく後ろ姿をずっと見つめていた。次の日、傘を返そうと早めに学校に行き、校門前で待っていた。学年もクラスも名前も知らない彼に会うにはそれ以外に方法が思いつかなかった。私が待ち伏せをしていると、後ろから声を掛けられた。
「昨日の子だ。風引かなかった?」
後ろには彼がいた。
「昨日はありがとうございました。これ傘です。」
言葉を交わすだけで、心臓が早くなる。
「敬語じゃなくて大丈夫だよ。僕、隣のクラスだし。」
笑顔で言う彼。私は気付いた。私は彼が好きだ。きっとこれが一目惚れというものだろう。私達は、この日から毎日のように会話をした。距離が縮まっていくのが分かる。しかし、その事に浮かれていたのは私だけだったようだ。

本当に最悪だ。廊下ですれ違う度に、気まずさが走る。こんな辛い気持ちになるなら、告白なんてしなければ良かった。暗い事ばかり考えていると、涙が出てくる。
「まだ君の事が好きだよ。」
「僕も好きだよ。」
声がした方へ顔を上げると、そこには彼がいた。
「本当はずっと君が好きだった。あの雨の日よりも前から。でも、君には僕はふさわしくないって。だから、告白はすごく嬉しかったけど振っちゃったんだ。ごめん。」
「そんなの良いよ。君の本心が聞けて嬉しいよ。」
「これからは僕が君の傘になるよ。だから、僕の傍で泣いて欲しい。僕がその涙を笑顔に変えるから。」
「何それ。チャラ過ぎ。でも、よろしくお願いします。」
私達は笑い合った。
「お詫びに何かさせてよ。彼氏としてさ。」
「じゃあ。今度の雨の日は、相合傘がしたいです。」

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