「ありがとう。」
彼女が言った言葉だ。僕は滲み出る後悔を噛み締めた。
「死ぬまでにしたい事〜。」
突然の彼女の言葉。僕はその言葉を聞いて、察した。僕は歪む視界を堪えながら、笑顔を作った。
「何がしたいの?」
「駆け落ちしよ?」
突拍子もない事を言う彼女。僕の顔が綻ぶ。
「どこに逃げよっか。」
僕の言葉を聞いて、彼女が満面の笑みになった。僕達はすぐに、財布とスマホを持って部屋を出た。
「結構遠くまで来たね〜。」
電車片道8時間。それまで黙っていた彼女が口を開く。
「気付いてるんでしょ?病気の事。」
今度は僕が黙ってしまった。気付きたくなかった。彼女の死が近づいている事に。二人の間には重い空気が流れた。
「僕に出来る事があれば、何でも言ってよ。何でもするからさ。だから、死なないで。」
自分でも驚くほどに、弱々しい声だった。彼女は、困った笑顔を見せた。何かを言おうとした次の瞬間、彼女が地面に倒れた。僕は、慌てて彼女の元へ駆け寄った。彼女は、真っ青な顔で笑った。
「大丈夫だよ。もう思い残す事もないし。我儘たくさん聞いてくれて、ありがとうね。」
それが、彼女が話した最後の言葉だった。
彼女の死から数年。僕はまだ、立ち直れていない。あの時僕が彼女を連れ出さなければ。すぐに救急車を呼べたら。後悔が募っていく。それでも、日は昇り世界は回る。どんなに辛くても、死ぬ事はできない。それが僕の罰だから。僕は今日も、人生という名の終われない旅する。
「ずっと親友だよ!」
この言葉を思い出しては、私は彼女に謝り続ける。
「助けて。」
彼女が言う。彼女は、泣き崩れていた。私のクラスでは、虐めが起こっている。ターゲットは彼女。きっかけなんて単純だ。彼女が学年一のイケメンに、告白され振っただけ。それだけの事でも、虐める動機には十分だ。彼女は、その日から虐めに遭っていた。助けを求める彼女。しかし、私が彼女の手を引くことは無かった。自分が虐められるのが嫌だった。自己保身のために、彼女を捨てたのだ。最低。その言葉が日々、脳裏を支配する。募る言葉が後悔に変わったのは、彼女が自殺をした時だった。
彼女の死を知り、私は立つ事ができなかった。泣き続けた。謝り続けた。そして私は自然と、マンションの屋上に上った。フェンスを乗り越えた時、彼女の笑い声が聞こえた。私が振り向くと、白い翼が生えた彼女が居た。
『何で助けてくれなかったの?』
「怖かったの。でも、こんなの言い訳だよね。ごめん。」
私の言葉を聞いて、彼女は嬉しそうに見えた。
『許してあげる。そして、呪ってあげる。来世では、裏切れないように。』
彼女の言葉には、私は泣いた。こんな私と来世でも、一緒に居てくれるなんて。
「ありがとう。来世でも親友だね。」
笑顔で言う私を見て、彼女の顔が引きつった気がした。
飛び降りる瞬間。彼女が無表情で言った。
『ごめんね。私の虐め、自作自演なんだ。』
「えっ!何で!?」
『二人きりの世界に逝きたかったからだよ?許してね。』
彼女は、お茶目に答えた。後戻りしようとしても、時すでに遅し。私は、彼女に手を引かれた。そして落ちて逝く。
「いいな〜。」
私は、制服の夏服姿の学生を見て呟いた。今年の夏も、嫌気が差すほど暑かった。
「何で一年中長袖なの?皆、半袖なのに。」
関わりのないクラスメイトが、私に聞いてくる。慣れた質問だ。私は、戸惑う素振りを見せず、笑顔で答えた。
「長袖って、何か良くない?」
こう答えれば、相手は興味をなくす。そして私は、変わり者のレッテルを貼られる。本音を言えば、長袖が好きな訳では無い。暑いのは大の苦手だ。それでも、着ないといけない。私の腕には、自ら付けた傷が無数にあるのだから。
家に帰り、部屋着に着替えようとクローゼットを開ける。そこには、半袖のワンピースが掛けられていた。お小遣いを貯めて買ったものだ。でも、今の自分はこれを身に着ける事はないだろう。私はそっと、クローゼットを閉めた。着替えが終わると、一階から母の呼ぶ声がした。私は、重い足取りで、階段を降りた。
「やっと降りてきた。ご飯出来たよ。」
母が笑顔で言う。私は小さく頷き、席についた。
「そういえば、学校はどう?勉強できてる?」
私は母の言葉を聞き、またかと嫌気が差した。
「今の内に頑張らないと、大人になって後悔するよ。私が貴方と同じ頃は、もっと勉強熱心だったのに。」
何度も聞かされた言葉。母は私の頑張りを認めた事はなかった。いつでも、子供思いの母親を演じていた。
「分かってる。」
私は、小さく答えた。これが精一杯の反抗だった。
部屋に戻り、勉強を始めても集中できない。私は机の引き出しから、カッターを出した。そして、自分の腕に傷を付けた。習慣と化したこの行為。今までは、こうすれば気持ちが収まった。でも、最近は気持ちが溢れそうだった。
私は今、屋上に立っている。死にたい。この感情が頭を支配する。もう終わってもいいよね?私、頑張っれたよね?聞いても、答えは返ってこない。私は、フェンスを乗り越えた。ワンピースの裾が風に乗って揺れる。短い袖からは、今まで隠してきた傷があらわになる。
「世界って、こんなに綺麗だったんだね。」
私は傷を撫で、前へ歩いた。風が全身に伝わった。
「地獄に堕ちろ。」
遠い昔。俺が殺し屋を営んでいた頃、誰かに言われた言葉だった。そんな事を思い出しながら、俺は今日も笑う。
「あの世でも、暴れてやるよ。」
これが、俺の最後の言葉だった。俺は、趣味で殺し屋を営んでいた。別に、人殺しの理由なんてない。ただのストレス発散だ。そんな狂った日々を過ごしていたが、ついに捕まってしまった。判決は、死刑。当たり前だ。特に驚きはしなかった。むしろ、あの世への生活を夢見ていた。俺は、笑顔で地獄へ堕ちて逝った。
『ここが、地獄か?』
辺りは真っ暗で、何もなかった。ただただ、冷たかった。
『お前はここで、侵した罪を償え。』
突然、低い声で告げられた。周りを見渡しても、誰も居ない。
『俺は何もしていない。償うことなんてない。』
声の主は、深くため息を付いた。
『ならば、二度とお天道様を拝めないだろう。』
それだけを言って、声の主は消えた。何が、罪を償えだ。上から物を言いやがって。いつか、下からの景色拝ませてやる。
『それにしても、地獄ってあるんだな。地獄があるなら、天国もあるのか?まぁ、どうでもいいか。』
独り事を言いながら、俺はこれからの事を考えた。このまま地獄で暮らすのは、退屈だ。ならば、これはどうだろうか。俺は、一つの考えを思いついた。
『天国をここに作ればいいんだ。』
俺はあれから、天国と地獄のボスを殺した。勿論、物理で殺したのではなく精神を殺した。生前に身に着けた技の一つだったので、すんなりと精神を侵食できた。今では、俺に逆らう事はない。
『天国と地獄。二つが交わった場所。これこそが、俺の王国にふさわしい。』
俺は今日も、笑い続けた。
『今宵は月が綺麗ですね。』
「ここって、故人図書館で合ってる?」
『左様でございます。よくご存知で。』
「友達に聞いたんだ。色々相談に乗ってくれたって。」
『あの時のお方の友人でしたか。それで、ご要件は?』
「僕の相談も乗ってよ。」
『ここは死者の記憶を記す場所であって、相談室ではありませんよ?』
「知ってるよ。でも、周りの人間は誰も話を聞いてくれないんだ。仕方ないでしょ?」
『今回だけですよ。それで、相談とは?』
「僕、もうすぐ病気で死ぬんだ。」
『左様ですか。それが何か問題でも?』
「死ぬのが怖いんだ。」
『死とは、誰しもに平等に与えられたものです。抗えませんよ?』
「そんな事は分かってる。僕は、世界から忘れられたくないんだ。」
『忘れられませんよ。そのための故人図書館です。それでも怖いのなら、月に願えば良いのです。』
「何で月?普通、星でしょ?』
『星は数え切れないほどございます。すぐに、どの星に願ったか忘れてしまいます。だから、一つしかない月に願うのです。貴方様の道標になるように。』
「なるほど。そうだね。」
『もう、怖くはありませんか?』
「うん。ありがとうね。貴方のお陰で、現実と向き合えそうだ。」
『それは良かった。』
「じゃあね。」
『貴方様の物語、楽しみにお待ちしております。』
『皆様は月に何を願いますか?またのお越しをお待ちしております。』