「お空が泣いてるね。」
彼女が言った。俺は空を見上げた。
「私ね。もうすぐ死んじゃうんだ。」
突然、彼女から告げられた言葉。彼女は、昔から病弱だった。重い病気だとは知っていた。それでも、死ぬ事はないだろうと思っていた。それなのに、別れは自分が思うより早かった。俺の表情が固まった。彼女が、心配そうにこちらを見る。俺は、慌てて笑顔を作った。
「じゃあ、死ぬまでにたくさん思いで作ろうね。」
彼女は、大きく頷いた。
彼女は、病室で横たわっている。外は、連日の大雨だ。俺は、彼女の手を握り思い出話をたくさん話した。彼女は、ずっと笑顔で聞いていた。しかし、彼女が口を開いた。
「今までありがとう。早くこっちに来たら駄目だよ。」
そして、彼女は息を引き取った。
ここは彼女の葬式会場だ。今日も雨は振り続ける。俺は、傘を持たずに外に出た。彼女に泣き顔を見せないために。こんなに苦しいなら、いっその事死んでしまいたい。しかし、彼女の最後の言葉を思い出す。あぁ。今日も、俺は君の居ない世界で生きていく。この雨が、涙と共に君への思いを流してくれる事を、祈りながら。
【未来の自分へ】
昔書いた手紙。過去の自分が、今の私を見たらどう思うだろうか。
「これどうする?」
母が、段ボールを持って来て言う。私は、置いてと軽く流した。段ボールを開けると、小学校の時に使っていたものが入っていた。その中に、一通の手紙を見つけた。私は、気になり開けてみた。そこには、下手な字で未来の自分へのメッセージが書かれていた。
【未来の私は、何をしていますか?私は、未来がとても楽しみです。】
短い文章を読んで、私は深いため息を吐いた。今の私か。今の私は、ただ酸素を消費する操り人形だ。社会では、思いの強さなんて関係ない。出来るか出来ないか、ただそれだけだ。暗い気持ちが、私を襲う。しかし、ある案を思いついた。
【過去の自分へ
世界は優しくないぞ。今仲いい人とは、上手くやれよ。
逃げたきゃ、逃げろよ。自分だけは、守れよ。先に謝っておく。お前の人生、短いぞ。】
私は、手紙を持って飛んだ。
『ようこそ。ここは死者の記憶が記された図書館。何かお探しで?』
「死者の記憶に興味はないよ。ただ、人生が何か知りたいだけ。」
『人生の意味ですか。それは、個人差のあるものです。確定されたものなどない、未知なるものです。』
「そっか。じゃあ、今まで生きてきたのは無駄なのか。」
『そんな事はありません。人生で、一度はあるはずです。生きていて良かったと思う瞬間が。』
「あったかな?忘れた。」
『それは、誠に残念ですね。』
「今日、死のうと思うんだ。学校でイジメに遭ってて、もう辛いんだ。生きたくないんだ。」
『左様ですか。』
「逃げるなとか言わないんだ?」
『貴方様は、止めてもらいたいのですか?残念ながら、私は止める気など毛頭ごさいません。』
「別に、止めて欲しいんじゃない。」
『ならば、早々に亡くなられては?』
「分かってる。その前に一つ良い?アンタにとって、命って何?」
『命ですか?命も人生同様、未知なものです。それ以下でもそれ以上でもごさいません。しかし…』
「何だよ。勿体ぶって。」
『この世界に生きるものは、人生からも命からも、逃げることなど不可能です。それらと我々は、常に隣り合わせです。生と死が紙一重なように。』
「へぇー。達観してんだね。」
『有難きお言葉です。』
「今日は、家に帰ろうかな。」
『おや、自殺はお辞めに?』
「うん。少し、命に向き合ってみるよ。」
『それは、残念。』
「また、いつか来るよ。」
『きっと次にお越しに来られる時は、貴方様は図書館に記されている事でしょう。』
『貴方様は、命から逃げられますか?本日も、貴方様の人生という名の物語を、お待ちしております。』
「好きだよ。」
僕達は、お互いを見つめながら言った。あの時はただ、この幸せが続く事を願っていた。
「付き合ってください。」
彼女への告白。彼女とは、高校に入ってから知り合った。それから、僕達はすぐに仲良くなった。気付いた時には僕は、彼女の活発さに恋をした。そして今、僕の思いを彼女に告げた。振られても良い、関係が崩れても良い、思いを告げれずに恋が終わるなんて嫌だ。彼女を見る。彼女は、戸惑った表情を見せたが、すぐに笑顔になった。
「ありがとう。私も好き。」
彼女の言葉を聞き、嬉しさが込み上がってくる。僕達は、抱き合いながら嬉し泣きをした。恋人として、これからどこに行こうか、何をしようか、たくさん話した。いつまでも幸せは続くと思っていた。
彼女が事故に遭い、意識を彷徨っている。突然呼ばれた病院で、告げられた言葉。信じられなかった。しかし、ベットで寝ている彼女を見て、現実だと分からされる。僕は、泣き叫んだ。それでも、彼女は目を覚まさない。このまま、彼女が目を覚まさなかったらと、不安が募る。嫌だ。消えないで。側に居て。叶うかも分からない言葉を囁き続けた。
ある時、彼女の親から連絡が来た。見せたいものがあると言う。僕はすぐに彼女の家へと向かった。家に着いた。玄関の前には、彼女の母親が立っていた。そして、母親のは、僕にスマホを見せた。これは、彼女のものだ。スマホの日記には、こう記されていた。
〈ずっと一緒に居たい。けれども、叶わない。終わりは、必ず来るから。それでも、私はまた明日と言ってしまう〉
まだ途中かけなのだろう。短い文章。しかし、一文字に思いが込められていた。僕は、静かに涙を流した。
未だに彼女の意識は戻らない。何度も、現実から逃げたかった。それでも、彼女の言葉が僕たちの思いを蘇らせる。僕は今日も、彼女が目覚める明日を期待してしまう。
「お前は、綺麗だね。」
私は、クラゲを見つめていた。深いため息が出る。
「ごめんね。」
母が私に言う。私は、何も言えなかった。母は私に逢う度に、家にあったクラゲのグッズを持ってくる。私が、大好きなクラゲ。昔、言った言葉を今でも覚えていてくれたんだ。そんな、優しい母に謝らせている自分へ憎悪が募った。しかし、考えるのはもう止めた。私は、母に小さく別れを告げ、去った。
私は、死んでいる。自殺をしたのだ。ある時から世界が、人間が汚く見え始めた。自己満によって起こる戦争、絶えないイジメ、上辺の言葉を並べる大人達、全てが汚れていた。そして、私は怖くなった。いづれ、私も汚くなってしまうのだから。ならばいっそ、今の内に消えてしまおう。その思いで、自ら命を絶った。
私が死んでから、母は毎日墓参りに来てくれた。そして、気付けなくてごめんと懺悔していた。その姿を見て、私の心に後悔が募る。死んだクラゲのように、透明な綺麗なものになりたかった。しかし、実際は汚いままだ。それでも、謝る母の心は綺麗だと思った。それが、私の唯一の光だった。
悪が蔓延るこの世界、善を信じられない世界で、私は透明なものを探していく。それが、私の業だ。