「早くこんな日終わればいいのに。」
屋上から幸せそうに歩く人々を眺めながら、本音を零す。俺は、クリスマスが好きではない。初恋と失恋の辛さを知った日だから。
「好きです。」
俺は2年前のクリスマスに、初めて出逢った彼女に恋をした。母に頼まれて、ケーキ屋へお使いをしていた時だった。街行く人々は、楽しそうに話しながら、飾られた店内に目を輝かせていた。そんな中、彼女が居た。街行く人々とは対照的で、何かを憎んでいるような表情をする彼女。俺は一瞬で、彼女の謎めいた雰囲気に飲まれた。気付いた時には、告白していた。彼女は知らない人に告白されて、戸惑っているようだったが、すぐに先程と同じ表情に戻った。案の定、告白は失敗した。初恋の終わりは早かった。放心状態の俺と居るのが気まずかったのか、彼女は今日は何をしに来たのか聞いてきた。
「ケーキのお使いだよ。君は?」
俺の質問を聞いて、彼女は暗い表情をしながら話した。
「今日は、妹の命日なんだ。だから、プレゼントでも持って行こうと思って。」
俺は焦った。今すぐ時を戻して、この質問を無効にしたい。俺の気持ちに気付いたのか、彼女は小さく笑った。
「気にしないで。話を振ったのは私だし。」
それから、2時間ほど話していた。彼女は妹さんの事を幸せそうに話した。その表情を見て確信した。俺はまだ、彼女が好きだと。辺りが暗くなり、俺達は帰る事にした。帰り際、彼女は震えた声で言った。
「じゃあね。最後に君に会えてよかった。」
最後の方は良く聞こえなかった。
次の日、彼女が自殺したとニュースで報道された。
あれから2年。俺はクリスマスの日は彼女の墓参りに来ている。どれだけ月日が経っても、彼女への未練は消えないままだ。それどころか、どんどん溢れていく。
「天国で俺のこと見てるかな?来世でも逢いたいね。」
俺はそう言って、墓を後にした。
次の日、俺は死体で発見された。
「ごめん。」
そう言って僕は、愛する彼女へナイフを向けた。彼女は嬉しそうに笑った。
『明日、隕石が地球にぶつかります。』
ニュースで流れる現実離れした内容。今日が地球最後の日だ。僕は鞄に荷物を詰めて、病院に向かう。僕にはやるべき事があるから。彼女は病室に居た。窓の外を眺める、美しい彼女。彼女は幼い頃から不治の病を患っていた。もう長くないらしい。僕は彼女に近づき、持っていたナイフを突き出した。
「今日が地球最後の日だって。もう明日はないんだ。だから、僕は君を殺す。約束ために。」
声が、手が震える。でも、逃げたら駄目だ。僕は彼女から貰った使命を果たせないと。僕の気持ちを見透かすように、彼女は笑った。
「覚えてくれたんだね。ありがとう。」
彼女との約束、それは彼女の最後を見届ける事だ。明日になれば、彼女も僕も死んでしまう。だから、今殺すのだ。そして、約束を果たすのだ。それが僕に生きる意味をくれた彼女への恩返しだ。
「君の手で死ねて嬉しいよ。」
この言葉は本心なのか?それとも、僕が気を病まないための嘘か?答えは分からない。彼女は少し照れながら最後の言葉を口にした。
「天国でも逢いたいね。そうしたら私を、君のお嫁さんにしてください。」
そして僕は、彼女を殺した。彼女は最後まで、優しく美しかった。こんな僕をあの世でも愛してくれると言うのだ。僕の手と頬には温かいものがあった。
「天国、僕は逝けるのかな?その約束は守れないかも。」
愛する人を殺した僕は、きっと地獄逝きだ。それでも少しの希望を持って、僕は彼女の薬指に光る物を付けた。やっぱり、彼女に似合う。僕は彼女の死体に、愛を囁いた。そして僕は彼女を刺したナイフで、体を赤に染めた。
「天国ってあると思う?」
フェンス越しに君が言う。あの時、僕は死のうとしたんだ。それなのに…。今日も君のお節介のせいで、僕は酸素を消費する。
「一緒に帰ろう。」
あの日から、君は僕に付き纏ってくる。無視しても、君は変わらずに僕の横に来る。断り切きれず結局今日も一緒に帰った。帰路を歩きながら、僕は君に聞いた。
「何で、僕を助けたんだよ。」
「逆に何で死のうと思ったんだ?」
僕の問いに問いで返してきた。文句を言う気力もなかったから、誰にも言った事のない本音を話をした。
「見て欲しかったんだ、両親に。どれだけ頑張っても二人の世界に僕は居ないかった。だから、死んだら見て貰えると思ったんだよ。馬鹿だよな。」
「そうだったんだな。お前はよく頑張ってるよ。」
僕はその言葉を聞いて、泣いた。認められた気がした。涙が止まり、再度同じ質問をする。今度は答えてくれた。
「俺、病気で死ぬんだ。生きたくても無理なんだ。だからムカついた。勝手に終わらそうとするお前を見て。」
僕は言葉を失った。君にそんな事情があったなんて。僕は自分の悩みの小ささを思い知った。
「ごめん。」
精一杯出した声は風に飛ばされそうだった。
「気にすんなよ。ただ一つお願いがあるんだ。いいか?」
何だろうと思いながら、僕は頷いた。
「俺、友達居ないからさ、時々墓参りに来てくれよ。」
切ない願いに胸が苦しくなる。僕は下手に笑って言った。
「もちろん。友達だからな。」
君は笑った。嬉しそうな泣きそうな笑顔だった。
僕は君の墓の前に居る。手にはローダンセの花束。毎月持って来ては、最近あった小話をする。今日も話し終え、帰ろうとした。その時、僕の目に君が映んだ。僕は君に向かって、笑顔で言った。
「君に出逢えてよかった。君のお陰で僕は今日も息ができる。ありがとう、僕の最高の友達。」
風が揺れる。君の笑い声が耳に届いた。
「退屈だ。」
彼女の口癖だった。いつも無表情な彼女。私がもっと、彼女に耳を傾けていれば、変わったかもしれないのに。
「まだ起きてる?」
夜中の2時。彼女からの電話だ。私は眠い目を擦りながら応答した。彼女は夢が叶うかのような嬉しそうな声をしていた。しばらく話したあと、彼女は、悲しそうな声になりいつもの決まり文句を言った。
「バイバイ。」
電話が切れた音が、暗闇に響く。私は、眠りについた。
次の日、ニュースを見て絶句した。彼女が飛び降り自殺したのだ。私は、自宅を飛び出して、彼女の家へと走った。家に着いたら、両親が迎えてくれた。娘が自殺したにも関わらず、二人はいつもと変わらなかった。部屋には白い翼が生えた彼女が居た。彼女は解放されたような、澄みきった表情をしていた。初めて見る表情だった。
「何で死んじゃったの?」
私は震える声で彼女に聞いた。
『逃げたかったんだ。親からの過剰な期待からも、退屈すぎるこの世界からも。』
彼女の本音を初めて聞いた。長い付き合いだったのに、私は彼女の苦しみにも気付けなかったのか。私は自分の無能さに涙が出てきた。
『泣かないで。君は悪くない。弱い私が悪いんだ。』
「違うよ。私が気付かなかったせいだよ。」
『私は自由になれたんだ。だから、これでいいんだよ。』
彼女は嬉しそうに笑った。羨ましかった。私も逝きたい。そんな気持ちに気付いたのか、彼女は悪戯ぽく言った。
『そこでお願いがある。君がこっちに来るまでにたくさんの思い出を作って欲しい。そして聞かせてくれ。』
君はずるい。これで私は生きなくちゃいけない。これが私の罰なんだ。
「もちろん。私が逝くまで、待っててね。」
この言葉を聞いて彼女は、安心した顔をした。
耳を澄ませば、彼女の笑い声が聞こえる。まだ、死ぬには時間がかかりそうだ。私は今日も、屋上から片足を出す。
『来るの、早かったね。』
私の訪れに怪訝そうな顔をする彼女。何で彼女が居るんだ。私は頭の整理がつかなかった。でも、ここがどこかは分かった。ここは、あの世だ。
「あの時、私死んだんだ。」
私の脳裏には、飛び出してきた車のナンバーが焼き付いている。私はその場に、座り込んだ。
『正確に言えば、死んでない。今、仮死状態。』
彼女は私に手を差し伸べながら、そう告げた。私は、絶望した。折角、また会えたのに。
『早くあっちの世界に帰りな。戻れなくなる前に。』
「帰りたくない。って言ったらどうする。」
『何もしない。生きるか死ぬかは自分が決めることだ。』
彼女は生前と変わっていなかった。冷淡な性格は健在だ。
『でも、出来る事ならまだあんたには、生きて欲しい。』
本当に君はずるい人だ。私を置いて逝ったのに、生きて欲しいだなんて。
「もう嫌だよ。君の居ない世界に居たくないよ。」
私は泣きながら、溜めていた気持ちを吐き出した。彼女はそんな私を見て、嬉しそうに微笑んでいた。
『あんたは馬鹿だね。私はどこにも行かないよ。』
彼女はそう言って私を抱きしめた。彼女の体温は死人のはずなのに暖かった。
「もし、辛くなったらここに来てもいい?」
『もちろん。その時は慰めるよ。』
彼女はどこまでも優しかった。早く離れないと。戻りたくないと思ってしまうから。
「そろそろ帰るよ。またね。」
『元気でね。早くこっちに来たら駄目だよ。』
私は初めて見た。彼女の泣き顔を。
私は、目を覚ました。それに気づいた母が、抱きついてきた。少し苦しかった。あの世での事は夢だったのだろうか。夢でもいいや。また彼女と会えたのだから。この話は誰にもしない。私と彼女だけの秘密だから。