『来るの、早かったね。』
私の訪れに怪訝そうな顔をする彼女。何で彼女が居るんだ。私は頭の整理がつかなかった。でも、ここがどこかは分かった。ここは、あの世だ。
「あの時、私死んだんだ。」
私の脳裏には、飛び出してきた車のナンバーが焼き付いている。私はその場に、座り込んだ。
『正確に言えば、死んでない。今、仮死状態。』
彼女は私に手を差し伸べながら、そう告げた。私は、絶望した。折角、また会えたのに。
『早くあっちの世界に帰りな。戻れなくなる前に。』
「帰りたくない。って言ったらどうする。」
『何もしない。生きるか死ぬかは自分が決めることだ。』
彼女は生前と変わっていなかった。冷淡な性格は健在だ。
『でも、出来る事ならまだあんたには、生きて欲しい。』
本当に君はずるい人だ。私を置いて逝ったのに、生きて欲しいだなんて。
「もう嫌だよ。君の居ない世界に居たくないよ。」
私は泣きながら、溜めていた気持ちを吐き出した。彼女はそんな私を見て、嬉しそうに微笑んでいた。
『あんたは馬鹿だね。私はどこにも行かないよ。』
彼女はそう言って私を抱きしめた。彼女の体温は死人のはずなのに暖かった。
「もし、辛くなったらここに来てもいい?」
『もちろん。その時は慰めるよ。』
彼女はどこまでも優しかった。早く離れないと。戻りたくないと思ってしまうから。
「そろそろ帰るよ。またね。」
『元気でね。早くこっちに来たら駄目だよ。』
私は初めて見た。彼女の泣き顔を。
私は、目を覚ました。それに気づいた母が、抱きついてきた。少し苦しかった。あの世での事は夢だったのだろうか。夢でもいいや。また彼女と会えたのだから。この話は誰にもしない。私と彼女だけの秘密だから。
5/3/2024, 2:00:19 PM