かなしみのみずうみ。うれしび、なぐさみ、あふれるいずみ。の、ちかくの塔に、ひとりのこがすんでいました。宵のおとずれには常ひごろ、つきに、ねがいました。せめてものよいことがもたらされんことをといのり、あめしずくにうたれながら、やわらかな木立ちにひそめながら、こえに応えてゆきました。いつくしみを忘れまいと、きしむ骨のいたみにたえて、はるめく陽気にみあうすがたをよそおい、むねはひえびえとしてゆきました。がんばれば、むくわれる、こらえたら、きっと。───そうこう経つうちに、みなはあわれみのまなざしを向けてくるようになり、居どころはとうに、さらわれていたのです。「おとうさん、おにいちゃん、かなめ、かなめ、ぇ。」かなめは、ひとりのこのまちびとで、そとにでられない塔のこのために、木の実やはなの蜜をとどけにきては、どれほどせかいがうつくしいのかを、めをかがやかせて語ってくれていました。あるひを境に、こなくなったかれのことばだけが、ただひとつの生きてゆくかて、でした。なみだはほとほとと、しだいにかわいては、滲んで。さいごの、かなめの声はひどく澄んでいて、おれずに、すすんで。との、ちいさくかぼそい音で、はつねのように、すっとみみへ入ってゆきました。いつまでたえしのんでゆけば、よいのだろう。さくらふぶきと、はなびらに、さらわれてしまいたい。だれか、つれさってほしい。かなわない願いをきゅっと、むすんで、塔の小窓から、こは唄う。『ゆかりある、いとしきあらしよしずまりたまへ。あらみたまのかえるは冥のその、ゆめにてみなみなを癒したもう。あかくれないに散るごとく、生くもはかなきうたかたの、ひかりのどけき向かい火を、われらのもとにおとずれますれば、かならずともしびに報いましょう。』かぜが、ふわりと舞った。くずれおちた膝もとに、ことりがとまって、鳴いてくれた。ぬくもりをひしと、だきしめて、こは未だ、うたう。かなめのような、かなめでない、かれでない、あらたな待ちびとを、ずっと。しらんでゆくひかりに淡く、なっても。どうか、しんじてすすむから、みつけて。そう、ややいびつに、ほほえんで。さきわいひとしく、訪れんことを、と。
おわかれ、わかれ、ふりふられ。であいにめぐまれ、さくらちる。はざくらのときに、逢いにゆく。みずたまりをぱしゃり、しゃり、と、はねる雫をふくに染ませながら、だんだん降りやんできたわたぐもへ、ほほえんでみせる。すこしずつしか歩めなかった。そのたびに、さきへさきへと往くざっとうに、口のなかに柘榴をしのばせて。「わたしも、すすめているのかなあ。ゆっくりとひらいて、ことばにしないのは、おかしいのかなあ。」水鏡にうつる、もうひとりのじぶんをつい、ついっと刺激して、まだらにさせる。くるしいといわないのは、うれしいほうをきみに報せたいの。だれかれとか、わかりやすくせずに、ぽやぽやとおくりたいの。とやかくと言わないのは、かんがえなんてつゆしらずに旅をして、たまに「ねぇねぇ、きれいないしころみつけたよ!」と、はしゃぐきみに「そうだね、きみのながれるようなひとみに吸い寄せられて、魅かれちゃったんだよ。......そうだ、すこしだけ、あずからせてもらってもいいかな。どんなときも照らしてくれるみちしるべになるまで、みがいて、おわったら贈るね。身につけているかぎりは、どんなところにいても、みつける。おはな、ちょうちょうにかわっても、──とおいとおい星のむこうだって。モールス信号をつかい、位置をたえまなくつたえるよ。〝かなしい。〟そう、よるにとなえる日は、風になって、ひかりになって、きみのもとへとんでゆく。はなればなれだろうと、蜂蜜のゆびはつながっている。するどいものを飲みこんで、こんがりとした色のころ、うたをうたうよ。」そう、言いたいの。あわく、うたかたの逢瀬をおえて、あすには土のしたにねむる、みずのあなた。はれてしまえばいなくなる、きままなきみ。またね、次ぐ日には、いっしょにひなたをみよう。しゃがみこみから立ちあがり、湿りけの空気をたべて、家にむかった。とろとろのゆうぐれ、ぴか、ぴかっとてらす朝日、くりかえすまいにち。いつかはかならず、こころから、わらえるね。
ことばはあぶくとなって声は潰えてしまった。はくはくとかたくとざされた扉に、かつてのうばわれたもの、愛していた嗜好をまのあたりにしたときに、つぅ、っとぼくのなかのみずうみが溢れだした。いたみ、かなしみ、言い淀んだかけらを飲みこんで、宙をみあげた。かぜは荒れ、木の葉はゆれ、いさかいに行き交うまちなみをひたすら歩んだ。息は、きれそうだ、あるきつづけて、悴んだゆびをまさつによってぬくめて、いきどおりのみをともしびに、薪に焚べていた。あまやどりに、もりへ立ち寄った。そのときに毛布をゆずってくれたきこりの青年に、「ぼくはかれらをゆるしたくはありません。やさしさとは、なんですか。すべてを受け容れることでしょうか、ほほえんで、ただ平穏にくらすべく、あわせることをよしとすべきですか。つらいのです。けれど努めるほかに、方法をしらない。かみさまなんていやしない、すべてきらいだ、にくらしいんだ、これは汚れのあかしと、糾弾なさるか。あなたは。」ほつれた衣服のむなぐらをつかみ、おもわず叫んだ。きこりはただしずかに、ひとつ、ふたつ、おちついて、と、唱えた。そうして、「きみは、よくよく怺えてきた。されど思いすごしをしてはいけない。復讐に身をやかれ、たましいを濁らせることはないんだ。そのおこないに蹲ったなら、もうつぎの目に遭うひとをなくすよう、ただ、善処していけばいい。すぎたことは戻らないんだ。なけど、いかれど、暴力のあらしはまたつぎの犠牲者をうむだろう。その傷んだこころごと、だきしめて。きみのおもううつくしい箱庭にたいする、つくりあげるための、対価だったとおもうんだ。いいね?どうか、踏みはずさないで。きみのために、このさき出逢う、とうとい友のために。」やさしいあまだれだった。さとすでもなく、説きふせるでもなく、かれの垣間みえた善良なこころに少年はひくつき、しゃっくりをあげては、ちからなく地面に足をついた。そうして小指をたがいに結び、どうか、と。「どうか、これから困難をしいるかれに、淡くとも、やすらかなひかりあれ。かならず、むくわれるさ。きみをふくめ、この世において、むだなことは何ないんだ。さあ、なみだを拭いて、かおをあげて。絶望は、ながくはつづかない。たとえ泥まみれになろうと、がんばれるひとの背なかは、かがやいているものだ。もしも折れそうになったら、またここに来ればいい。ただ、かえらぬことを願って。」とん、とかるくてのひらをおしたと思うと、霞がかり、すがたも、村も、跡形もなくなってしまったが、年月をかけて、果たすと。ひとみは滲みながら、一歩。踏みだした。さあ、いざゆかん、たびびとに幸いあらんことを。祈りを、祝福を。
崇められたかみさまのおはなし。「つばさをください、なるたけじょうぶな、かぜにもまけず、とべるしろものを、はやしてください。」かれはものを与え、すみかをつくり、日ごとみっつ、あかんぼうから、ながく息をすう年輪までかなうかぎり、かれはてた土地に、豊穣をもたらした。ちぎりを守ったあかつきには、ちいさくささやかな花の蜜を美酒に溶けあわせ、ねかしこんだカクテルを献上したのちに、宴をひらく習わしがあるという。病に伏せたははおやには、たちまち効く薬草をおしえ、まなびにうとい少年に、つたえ聴く伝承の人物はいかに、苦難にひざまずき、のり越えたかをすこしずつ、惜しむように語りかけた。ふゆにはみなしずまりかえる為、生命のよろこび唄う日まではと、さいごの夜だった。少女ははだしのまま、ろくにみなりもととのえず、祈りをささげ、つばさがほしい、と、となえた。これにはかみさまもこまり果て、まゆを寄せては、肩にそうっと手をそえ、「いいかい、きみたちの、かみさまだというしろものは、すくなくともぼくには、そなわっていないんだ。この身の、永らえた歳月はひとのこよりおおかれど、この地を耕し、うまれさせるまねは、できやしない。はねより象る、いのちのかけらだから、ないものを編みだせるものを、きみに渡せやしない。けれどね、とおくへゆけるあしなら、みちしるべをあげよう。みずからの眼差しで、ひろく旅をなさい。」やわらかく、陽射しのあたたかな微笑みをうかべたかみさまは、愛馬のこども、シャーナをつれてきてはめのまえに、少女のてのひらをゆうどうし、仔うまの毛なみをなでさせて。十四の歳に、むらを出てよいというしらせと、シャーナとのみちなるあす、あらたな門出をしゅくして、くらくなろうと、灯りをともしつづけた。じつはこのとき、さいわいの小唄をくちずさみ、そのうえ、わざわいをさける組み紐を、ひとりといっとうに、旅路に、はれわたる景色がやくそくされていることは、かのじょたちはしらない。それでいいのです。咲いては散り、うまれてはなくなり、ほしになり、つきとなり、太陽となる。いとおしむとはきっと、おこないの巡礼をすぎてなお、すすめること。あるもの、あれるものをできうるかぎり、確かにして。かみさまは、たびを眺めている。このさきも、かわらずに。
筆にしたたり落つる墨に、ことばは塗りこまれてゆく。ひかりへと、隙間をぬうて手を伸ばしました。あわくにじんだ淡火に、そう、と、かざしました。ときはたてど、はぐるまに、とめ具のほどこし。静止画のまま、しずやかに息をするのです。ゆうげんな語らいになぜ、ままならないのかを、かべに、背なかあずけて見あぐ。さわさわとゆれる葉すれにこころをあずけ、はばたきたい。かささぎのほそやかなあしが、爪さきをすこしひたらせ、緩まんにあるくのどかな風景と、しぜんとあわさり、ひとつになれるのなら。なやみさえやわく、とぶのでしょうか。ああ、けれども、停たいしたさなか、ますぐに佇むあなたに恥じまいと、奮いたつのは愚かしく、はれやかなのでございます。腰かけた古椅子はずいぶんと、おとしをめされました。ねじをまき、つよいほねを分けた、すがたの若わかしさ。和菓子ふたつ、みっつ、ほおばるのちに、あさく、ふかく刻まれた、なめらかなしわへ礼をつたえる。かかさま、おばさま、みとどけてくださったのね。ぼくはじきに杖をつくり、あらたな持ちてを探します。それまでは、とびらの鈴にここちよさを感じながら、めをひらいて、おはなししましょう。あす、とびきりとろけるマーマレードをあけますから、こころはずませてね。マイ、レディ。かがやかしい、きたる日へ。こもるこえと、みどりゆたかな、そのさきへ。