「日差し」
空が闇に覆われている時は
太陽がこのほしの
私を知らない誰かの頭上にある。
空が光にあふれている時は
一面の厚い雲に覆われていてすらも
花を摘み本を読めるように
遠くから恋する人の姿を見つけ
駆け寄ることができるように
太陽がこのほしを
見捨てることはない。
たとえその眼で直接姿を見ることがなくとも
たとえ私の頭上の空が雲しか見えなくとも
母なる太陽は
雲の隙間から 日差しをもって
その両手を伸ばし
今日もこのほしを揺らして
子守唄を唄う。
たとえ誰も感謝を唱えなくとも
母はこのほしを見捨てることはない。
だから私は母にむけて合掌する。
「日差し」
「窓越しに見えるのは」
私だけの世界と
私以外の世界
リンとなる鐘の音の世界と
ガッとなる鋼の音の世界
パステルの世界と
バロックな世界
誰かが窓をたたく世界と
誰かが扉をたたく世界
私は客人を一瞥して窓を開けず
私の世界の災いを避ける
人は客人を選ばずに扉を開け
己の世界の侵食をさせる
私の眺める窓越しに見えるのは
壁にかかる額縁の中の絵画と同じ
私の世界の色とは異なり
私の世界の音とも異なり
私の世界の空気も風も匂いも温度も
それらと全て異なり 相容れないもの
私から絵の中へ入ることを望まぬ限り
絵から私の中へ入ることはかなわない
私から窓の外へ手を伸ばすことを望まぬ限り
窓から私の元へ手を伸ばすことは許されない
窓越しに見えるのは
おそらくは 私に許されようもない世界
「窓越しに見えるのは」
「赤い糸」
緑の若葉をムシャムシャと食べ
白い身体はすくすくと大きくなり
口から吐くはキラキラとした糸
やがて蚕は繭となり
翅持つ夢を見ている間に
煮られて悲鳴を上げながら命を奪われる。
尊き命と引き換えに得られた絹糸は
彼らの無念を想う
桶を満たす涙と私の血で染められる
赤く 紅く 朱く
神よ わたくしの頭上におわす
決して言葉を発しない 神よ
そのようなかけがえのない
慈しみに溢れた わたくしの赤い糸を
呪いをまとった わたくしの紅い糸を
勝手に どこぞの誰かと
結ばないでもらえるか
この糸はわたくしのものであり
選ばれるべき相手は
このわたくしが決める
別にあなたでもよいのだが?
血に塗れる覚悟はおありか 神よ
「赤い糸」
「入道雲」
安穏とした淀んだこの日常に
ムクムクと静かに 静かに
大きく頭上に拡がった雲は
私の影を奪い
木々の影を奪う。
違和感を感じる間もなく
頬に宣戦布告の水の第一矢が放たれる。
見上げれば既に入道雲は
色濃くしてその目で私を捉え
やがて、息もできぬほどの
豪雨で清めようとする。
神からの賜り物を
避けるなど
もったいなくて
私は両の手で盃を作り
神からの酒坏を受けた。
こうやって この夏
私は少しずつ
清められてゆく。
「入道雲」
「夏」
朝には
暴力的に 高圧的に
私を急き立てる。
早く目を覚まさぬか
とっくに陽が昇っているというのに
昼には
煽情的に 焦燥的に
私に問いかける。
どうして出かけないの
海へ 山へ
恋人に出会えるやもしれぬというのに
夕べには
諦めと 憐れみをもって
私に問いかける。
想い出はいくつできたか
今日も何も手にしていないのか
一日が終わろうとしているというのに
夏というものは 常に
威圧的で 圧倒的で
一切の妥協も許さず
常に私のテンポを全否定する。
常に私のリズムをせせら笑う。
急がないと 逃してしまうという。
なにを逃すというのか と訊ねてみても
「とにかく いそがないと」と
言葉を濁して視線を外す。
そして夕陽に向かって走らせようとする。
そんな勝手な季節を このわたしが
好きになれるはずもない。
「夏」