鏡の向こう側に行ったらどうなっているのか。
ふと考えたことがある。
しかし、鏡に映っているのは今の私の偽物。
その偽物が実はいないはずの双子のような人ならば
私は彼女に「入れ替わりたい」と誘ってみる。
彼女にとってこちら側の私は、鏡の向こう側だ。
だから、自分と同じ考えを持っているなら好都合。
文字や物が反転して見える世界は、
どこまで反転するのだろう。
人の恋心も逆ならば、私は向こう側の彼を探そう。
思いがけない世界を向こう側の私は楽しんでいるから
「お前はどこに行ってもいじめられる」
それは学生時代に付き合っていた元彼の一言。
なぜそんなことを彼は言ったのかというと、
私が過去のいじめの話をしたからだ。
私は彼に会うずっと前、
幼稚園の頃からいじめっ子に目をつけられていた。
それから私は彼女(いじめっ子らのリーダー)を通して
高校を中退するまでいじめられ続けた。
原因などわからない。
だけど、何かが彼女にとっては気に入らなかった。
何を正せばいいのかわからないまま私は
心を病んだ大人になった。
同じような障がい者として当時の彼は
私に生きる術を教えてくれた。
「あなたがいじめられたのは、
人の話を聞くよりも自分のことしか話さないから」
そう言われてみれば、そうだったと思った。
だから、相手の気持ちを汲み取って話題を作った。
それが今にも生かされている。
元彼があの時言った通り、
私はその後も別の人たちにもいじめられた。
でも、職場のいじめの原因は明らかだった。
だからこそ、自分から必死になって解決に勤しんだ。
そして、今がある。
来月になれば入社して二年になる。
そんな私の誇らしさ。
それは、いじめに耐え抜く力と解決策を練る勇気。
逃げなかった私は最近では、
職場で従業員と「ありがとう」を交わしている。
友達に裏切られ親とケンカした日の夜。
遺書みたいな手紙を入れたウイスキーの瓶を持って、
全てを投げ出したくなって家を飛び出した。
たどり着いた海の砂浜に、大きな亀が休んでいる。
「竜宮城に連れて行ってなんてことは言わない。
ただ、もし良ければ楽になれる場所を教えて欲しい」
と亀に言いたかった。
亀が動かないから、不安になって声をかけた。
「生きてる?」
亀は少し頭を動かして、こちらを見た。
ボーっとしてるだけだと思い、安心した。
持っていたボトルメールをどうしようかなと思いつつ
時間を忘れて私と亀は共に夜を過ごした。
水平線にオレンジの線が顔を出してきた明け方。
うたた寝をしている間に、気づいたら亀はいなかった。
あの亀はなんだったのだろうか。
でも、私に何も問いたださない無口な亀に感謝した。
気をもむことがない昨夜と亀は、私の疲れを癒した。
持っていたボトルメールを流さないまま
私は帰路についた。
嫌なことの積み重ねで心を病んだ十年前。
そのときの心の薬となったのは、
一種のファッション雑誌だった。
non-noとかZipperとかCanCamとか、
さまざまな青文字系や赤文字系のファッション雑誌を
読んできた私にとって、
心の薬となったモード誌だけは
私に知らない世界を見せてくれた。
服の価格とか、似合う似合わないとか、
そんなのはどうでも良くて
ただ、その雑誌(ヴォーグとか装苑)に出てくる服は
その頃の私にとって、
見ているだけで幸せなアートだった。
その服を芸術らしく魅せている写真こそが
心の薬となった、とも言えるだろう。
心の健康を少しずつ取り戻し、
今では普通に働けるようになったのは、
私を一番に魅了した、『コムデギャルソン』という
ブランドの服のデザインがキッカケだと今も思う。
あいみょんのマリーゴールドがヒットした年の夏。
私たちは出会い、交際を始めた。
きっかけは、淡白なありきたりのものだった。
君の職場のコンビニで、
私が祖母に頼まれた小さなあんぱんを探していたが、
見つからず品出し中の君に尋ねた。
君は嫌な顔ひとつせず、笑顔で
「もしかして、この商品ですか?」と聞いてきた。
そのあんぱんが私の探していたものだとわかると
「それです、ありがとうございます」
と御礼を言ってレジに向かった。
すると、店員が少ないせいか君が慌てて会計をしてくれた。
会計を済ませた後、君は丁寧にお辞儀をした。
その日から私は祖母に頼まれてなくてもパンを買いに
君のコンビニに時々、行った。
それを重ねていくうちに私は彼から
未発表の新商品を教えてもらったり、
アプリの新着のクーポンを教わり、使ってみた。
私はお金を落としていくことしかできないけど、
それで君と話せるから、嫌なことも忘れられた。
君の方から「LINEを交換しよう」と言われ、
ロケット花火のように私の心は跳ねた。
その夜、私は君の車で牧歌の里に行く約束をした。
デート当日。
牧歌の里に着き車から降りると、
私がかぶっていた麦わら帽子が風で舞った。
君が追いかけ、華麗な飛び蹴りのようにキャッチした。
「ありがとう」と君に見惚れながら言うと君は
無邪気な笑顔でその麦わら帽子を被って言った。
「俺、マリーゴールドに似てるかな?」
とふざけて言う君を見て私は、
「私があいみょんだったら、違う花にしたかも」
とふざけて言いながら笑った。