やさしさなんていらないと思っていたけど
やさしさには本物と偽物がある。
ちょっとした行為でもらえる本物と、
買ってもらえる偽物。
ちょっとした行為は「大丈夫」などの励ましの言葉や
困ってる人に手を出してあげる。
それだけでやさしさを相手に与えて自分に返ってくる
だけど、買ってもらえる偽物のやさしさなんて
お金がいくらあっても足りない。
本物より高く感じるやさしさだけど、
偽物はソフビ人形のように中身は空っぽなんだから。
やさしさなんて。
そう思って縁から遠ざかるのはもったいないと思う。
温暖化で地球がレトルトカレーのように沸騰したお湯で
温められるようになって何年経つだろう。
秋の風物詩が秋を何となく知らせてくれて
あっという間に秋は終わる。
そして、冬が来ると冷凍庫のように冷えて大雪が降る
冬が滞在している間は、私はなぜか心地いい。
温かいものを食べて温かい布団でぐっすり眠れる冬が
私は好きなんだと思う。
その『思う』は夏が来ると腑に落ちる。
春という季節はどんな気候だったか思い出せない。
それくらい春が昔のような気がして気づいたら夏だ。
「ただいま、夏」と言うよりも
「おかえり、夏」の方が正しいと思う。
なぜなら、私は当たり前のようにやってくる季節に
会いに行くよりも待ち望んでいる気がするから。
「おかえり、夏。また会いに来てくれたんだね」
そう思っていた一昔前よりも
グラグラ温められるレトルトカレーの地球の夏の今は
今すぐにでも冬に続くどこでもドアを探して
「ただいま、冬」と言いたい。
明日、バスケ部のインターハイの決勝戦がある。
私は美術部だし、バスケ部に友達はいない。
だけど、優勝のあの約束を交わした彼がいるから
すでに今からドキドキが止まらない。
あの日、あんなことが無ければ今頃何をしてたのか。
今でも運命というものに少し憎しみを抱く。
私は体育の授業中、転んで膝を擦りむいた。
校舎の前にある水道で
痛みを我慢しながら流水で流している時、
彼は声をかけてきた。
「痛そうー。大丈夫?保健室まで連れてくよ」
その優しさで心に水がしみた。
お姫様抱っこやおんぶとかしてくれるって言ったけど
恥ずかしいから、肩を借りた。
そこから保健室までそんなに距離はないはずなのに
やけに遠く感じる。
きっと、この熱い鼓動のせいだ。
保健室に着いて彼に礼を言った。
「君に話があるから先生に手当てをしてもらうまで
ここにいてもいいかな?」
彼はそう言って保健室の前の廊下で鼻歌を歌っていた
(話ってなんだろう)
そう思えば思うほど鼓動は熱く、さらに速くなる。
廊下に出ると彼はなぜか子犬のようにしっぽを振って
私を笑顔で出迎えた。
「話って何?」
「俺さ、ずっと見てたんだよね」
「え?」
「いつも体育館の二階でスケッチブックを持って
真剣な目で何かを描いてる君を」
(その、理由を、言わなきゃいけないのかな)
私の目は泳いでいただろう。
彼は私の目を見て微笑みながら返事を待っている。
「いいよ。何を描いてるか無理に言わなくても。
ただ、その絵を見たいなって思って」
私の鼓動はピークを達していた。
もう無理だ。
「ご、ごめんなさい。私、授業に戻らなきゃ」
そう言って踵を返した時、彼は私の腕を掴んだ。
「あのさ、俺。今年の夏休みが最後のインターハイなんだ。
ある約束してくれたら、もっと俺頑張るからさ。
ダメかな?」
「約束?」
「君がいつも誰の絵を描いてるか知りたいんだ。
優勝したら俺に絵を見せてほしい。
君の傑作でいいからさ」
私は笑顔で頷いて「頑張ってくださいね」と言った。
ある日。
一人で何かを呆然と観る母を見て私は罪悪感を覚えた
母の頬に涙の跡が見えたからだ。
母子家庭で親子二人三脚となって頑張ってきた私たち
私は母に迷惑をかけまいと学校での出来事よりも
好きな映画について母を楽しませた。
母と私は月に一度、映画を見ることを慣習にしている
母を労う気持ちと心の休息も相まって
二人で映画を見に行くのは何にも代え難い。
友達と見に行くのも楽しいけど、
映画を見終わった後に本音の感想を言えるのは
母しかいない。
涙を流している母の肩にそっと手を置く。
母は恐る恐る顔を上げて「おかえり」と言った。
「ただいま」の言葉より私は真っ先に「大丈夫?」
と言ってしまった。
母は申し訳なさそうに、こう言った、
「お母さん、白内障になっちゃった。ごめんね」
頭が真っ白になった。
手術すれば治る病気だけど、不安の波が襲いかかる。
母はこう言った。
「今月の映画は見に行けるけど、
来月は無理かもしれないんだ。本当にごめんね」
何かを握った右手と空っぽの左手を顔の前で合わせる
そして、涙の跡が映画の件ではないことと、
私の不甲斐なさではないことを私は認めた。
そう、母は目薬をさしていた。
涙ではなく流れた目薬をティッシュで拭かずに呆然としていた
白内障を患ったことに
母は私より不安の布団を被って放心状態だっただろう
「手術が無事終わったら、また見に行こうね」
最後に「私のおごりで」と付け足して私は言った。
君と出会ったのは冬だった。
冷たい北風が頬を刺すように吹いている。
私は会社でのパワハラに耐えられなくなって
公園のベンチで座っておえつしていた。
「もう、無理」
泣きながらそう思っていた。
ふと、コートの上から温かい物が触れた気がした。
そちらに目をやると缶のココアがコートに触れている
その手をたどって顔を見ると知らない男性、君だった
私はびっくりして思わずベンチから落っこちた。
馬鹿みたいに驚く私を見て君は大笑いをした。
「大丈夫?」
そう言って差し出してくれた君の手は冷たかった。
私は君の手を借りて立ち上がった。
それから一緒にベンチに座り、悩みを話した。
君は転職エージェントの社員だった。
果たして、君は私に転職を勧めた。
私と君はLINEを交換した。
そこから交際が始まった。
そして、私は君の転職エージェントを介して転職した
転職先は前職よりもさまざまな面で良好だ。
給料だけではなく、仕事も、人間関係も、設備も。
私は君に感謝している。
そして君を愛している。
今日は君と出会って初めての旅行だ。
私が恩を物で返そうとした時、
君は思い出で返してと私に言った。
だから、二人の給料を旅費に費やし、
思い出をたくさん作ることにした。
私は君と出会ってから夏が好きになった。
初めて半袖のポロシャツを着た君の腕を初めて見た時
筋肉質の腕に見惚れてしまった。
「見過ぎだよー」
と笑いながら照れる君を見て私も小さく笑った。
笑われたことと君の男らしさに改めて惚れた自分を
ちょっとだけ恥ずかしく思った。
待ち合わせの場所で君を見てあの日を思い出した。
半袖のTシャツ姿の君に赤らめた頬を隠したくて
すぐに荷物を置いて君をハグする。
今から始まる旅のことを思うと、
君の彼女であることを夢のように思う。
あの時、私を救ってくれた君の恩を返しながら
この旅で君と仲を深めたいと心底思い、
君のほっぺたにキスをした。