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7/14/2024, 2:20:48 PM


君と手を取りあって、ここから出る夢を見続けている。



どんな世界にも永遠なんてものは存在しないわけで、今日私たちは終焉を迎えることになった。明確にいえば星の終わり、隕石の追突による逃れられない世界滅亡。
どこぞの映画のように宇宙の外に新たな星を見つけたとか、巨大な宇宙船で暮らせるようになったとかいう希望はなく、ただひたすらに終わりを待つことしか出来ない。

数週間前に知らされて以来、世界はとっくに諦めムードで、家にとじこもる人、遊びに出かける人、大切な人と過ごす人、いつも通りに過ごす人、色々だった。私はと言えば数少ない友人に会うため街に飛び出し、すっかり変わってしまった街に適応できず迷子になってしまったのだった。

世界最後の日に迷子になって1人で死ぬとは、なんと愚かで情けない最後だろうか。誰にも会えない街灯の下で、どうすることも出来ず突っ立ていた。
いつだったか、昔にもこうして迷子になったことがあった気がする。あいつを探して街に繰り出て、迷子になり……あの時はどうしたんだったか。私はあいつの元に辿り着けたんだろうか。
そんなことを考えていると不安になってきて、もういい歳なのに目が潤んでしまう。
このままあいつに会えず、言いたかった愚痴も、怒りも、思い出も、感謝も、何も言えず、私は終わってしまうのだろうか。
そんなどうしようも無い絶望に、私の心はズタズタに切り裂かれて、仄かなオレンジのスポットライトの下にうずくまるしかなかった。

「私ね、君と一緒なら世界だって救える気がするんだ。」
最後に会った日、あいつはそんなことを言っていた。あの時は馬鹿なことをと一蹴したが、今この現状を思えばそんな戯言でも本当であって欲しいと願うばかりだ。
もしも世界が救われたら、救えたならどうしようか。予定ばかり話してついには行けなかった遊園地にでも行こうか。食べたかったパンケーキ屋に並んでみようか。やろうと話したまま埃を被ったゲームの続きをしようか。見たかった映画を見ようか。あの日言えなかった言葉の続きを話そうか。

もしも私たちがもう一度会えたなら、手を取りあって、隣に立てたなら、世界だって救えるんだろうか。
棒のようになった足を震わせて、最後の力を振り絞って立ち上がる。目指すは何度も諦めたあいつの隣。今度こそ、その手を掴んでみせると誓って。

何十分、何時間も走り回って、あいつの後ろ姿を見つけた。あの日から今日に至るまで何をしていたのかは知らないが、あいつは全身ズタボロで、立っているのが不思議な程だった。
あいつはとても驚いた顔をしてこっちを見ている。目を閉じて、ゆっくりと息を飲んで、目を開けて、その真っ直ぐな瞳で私を貫きながら、
「もう会えないと思ってた。」
なんて、泣きそうな声で言うのだった。

「君と会うのはすっごく久しぶり。2年ぶりくらいかな。」
「数週間前にあっただろう?」
「そっか、君にとっては数週間前だった。」
どうにもこいつとの会話は要領を得ない。が、そんなのはいつもの事だった。こいつはやけに人懐っこいくせに、どこか遠くて、不思議で、掴みどころがない。ふと気がついたらどこに行ってしまいそうやつだ。
「もう何度も、何十回も何百回も繰り返して、会えなくて、もう君が死んじゃったんじゃないかって、全部手遅れだったんじゃないかって、不安だったんだ。」
「そう、か。だが、今度は会えたな。」
「うん。やっと会えた。」
「私が死ぬほど頑張ったからな。」
目の前のこいつは冗談だと思って笑っているが、冗談抜きで死にそうだった。崩壊寸前の世界を走るのは実に危険な事なのだ。

「でも、今度こそ上手く行きそうな気がする。君が隣にいて、手を取って、一緒にいられる。それなら私は世界だって救えるんだ。」
「それなら早くしよう。一緒にやりたいことが溜まってるんだ。」

お前と一緒なら、どんな夢だって現実にできる。















7/9/2024, 11:33:38 AM

私の当たり前

夏が来た!アホのように暑く、バカのような湿度を誇る我らが夏がついにやって来てしまった!

そんな暴言を吐いてはいるが、なんだかんだ我々は夏が好きなのである。強い日差しの中で食べるアイス、ぬるいプール、手持ち扇風機片手に練り歩く街、夏を生きる我々の特権である。

私にとっての当たり前は、そんな特権を振りかざす夏である。暑い暑いと文句を言いながらも、謳歌してきた夏。それが今年も訪れると思っていた。
というよりも、私の当たり前の日常が続くと思っていた。

ふと気がつくと、緑の生い茂る廃墟の群れに囲まれていた。

パラレルワールドに迷い込んだJKが当たり前の夏を取り戻す話







7/8/2024, 1:09:13 PM


七夕綺想曲

電燈に煌々と照らされた商店街には誰もいなかった。残業終わりのサラリーマンが帰ってくる時間だから当然ではあるが。
街中に散りばめられた笹が、様々な色で着飾っていた。一体何事かと思えば、どうやら今日は七夕だったらしい。
赤、青、黄色、ピンク……数え切れないほどの色の短冊が、笹をグニャリと曲げている。中には折り紙の飾りなんて洒落たものを付けた笹もあり、どれほど多くの人がこの行事を楽しんだのかがみてとれた。
ふと立ち止まり、水色の短冊を手に取る。拙い字で
「織姫と彦星がずっと一緒にいられますように。」
と、そう書かれていた。
そういえば、自分が子供の頃にもこんなことを願っていた子がいたなと思い出す。今考えれば、彼らの自業自得にも近い教訓のような物語にも思えるソレだが、幼子たちには悲しい結末として残るようだ。

確かに自業自得だが、半永久的に続く彼らの時の中で、会えるのが一年に一回というのは少し可哀想だとも思う。伝承に口を出すのは野暮かもしれないが、何百年と語り継がれる中で、彼らはまだ許されていないのだ。
人生における大部分を占めていた仕事を忘れてしまうくらい、鮮やかで燃え上がるような恋。やっと手に入れた幸せを、自分の星を、彼らはこの日しか見ることが許されない。それが酷く寂しく思えた。

少し出遅れたが、赤い短冊に願い事を書いた。
「織姫と彦星が、少しでも長く隣にいられますように。」
影響を受けすぎかとは思うが、給料upとか書くよりは風情があるだろう。
大人という身長を生かし、何よりも上に吊るしあげる。どうか彼らを隔てた神がその罪をお許しになるようにと祈って。そして気がつく。ベガとアルタイルが、織姫と彦星がこの満点の星空から消えている。忽然と、まるで初めからいなかったかのように。


愛しい彼と固く手を繋ぎ、橋から飛び降りた。後悔は無い。例え死んでも、私達が離れることは無いのだから。
私には機織りしか無かった。それだけで十分だった。それなのに、お父様が彼と、あの輝かしい星と出会わせてしまったから。私の目は焼かれてしまった。
きっとこれはお父様の3つの過ちの1つで、私たちの重い罪。私たちはこの世界で、長い1年のたった1日しか出会えない。
それなら永遠にしてしまいましょう。私たちを隔てるこの川の、奥底へ沈んでしまいましょう。水が冷たいけれど、流れる星が痛いけれど、私たちなら大丈夫。ずっと隣にいるのですから。

水にも慣れて、目を開けた。私に見えるのは彼だけで、あとはずっと続く暗い闇。それが少し、悲しかった。
手を繋いで、離さず、数えられない程の時間が経った頃、ふと、赤い何かが目に入った。それはこの闇じゃないと気がつけないほど、小さく微かな光。愛おしくて、暖かい。それが消えないうちに、手を伸ばした。

落ちている。激しい風が私たちを逆撫でる。その風に逆らうように、もう一度目を開けた。飛び込んでくるのは煌々と輝く世界だった。見たこともないほど高い建物と、灯り続ける光。全く知らない鮮やかな世界。
その光の中でも強い赤い光は次第に近くなっていく。そしてそれが、笹に括られた短冊から発していると気がついた時、地面は目の前だった。

ガラガラと瓦礫の崩れる音がする。ベガとアルタイルが消えると同時に落ちてきた何かは商店街の天井を破壊し、すぐ近くの広場に不時着した。
その瞬間は死を覚悟したが、意外にも被害は少なかったようで、広場が半壊したら程度で済んだようである。
広場には人がいた。見知らぬ男女が2人、手を固く結びあって気絶しているようだ。その2人を見た瞬間、確信した。
「織姫と彦星が落ちてきた。」

26100光年先の願いに誘われ、心中に失敗した恋人たちの話。








7/7/2024, 2:02:57 PM


天の川心中

ただ、隣に居たかったのです。ただ織り続けていた私の前に現れた輝かしき恒星、その隣に。
だから、逃げてしまいましょう。私たちを隔てる川のその下へ、沈んでしまいましょう。
私達一緒なら何も怖くはないのですから。

ある年の7月7日、なんの予兆もなくベガとアルタイルが空から姿を消した。まるで初めから存在しなかったかのように。
「これからの七夕はどうなるんだろうな。」

7/6/2024, 4:34:31 PM


屍体に口なし

彼は桜の木の下で、一心不乱に地面を掘っている。どうして掘っているのか、なんど聞いても教えてはくれない。
ただただ、私には分からない何かを探して、掘り続けるのみである。

その桜の木は、私達が青春を過ごした高校の校庭に生えていたものだった。何十年と昔から若人の日々を見守ってきたソレは今も変わらず鎮座している。変わったのはその周囲だった。時代の変化によって必要とされなくなってしまった懐かしき校舎は打ち捨てられ、忘れ去られた。誰も覚えていないモノなんて弔いを待つ野ざらしの屍体と同じだ。私達の記憶に残っているものは風化し、唯一その存在を示せるのは怪しげな美しさを称えるその桜のみである。

桜色の花弁が混ざり湿った土はうずたかく盛られ、穴の深さを示している。その山が10センチには届こうかという程になっても彼は満足しないようで、その手が止まることは無い。放っておかれるだけの透明な存在となった私に出来ることは、彼が掘っている理由を探すだけだ。

といっても、こんな寂れた廃校舎に何かお宝がある訳でも、穴の中に隠れようとしている訳でも無いようで。私の推理は真相に辿り着く前に崩壊した。

突如カアンと軽い音が響いた。どうやらそれは穴の中から鳴ったらしい。彼の掘る手が期待に満ち、更に早くなる。私もこの無限に続くかと思った退屈に終止符が打たれると思うと心が踊った。私が辿り着けなかった真相を知ろうと穴に近づく。1歩、また1歩と近づく中でふと
「桜の木の下には屍体が埋まつてゐる!」
なんて言葉を思い出した。

読書が苦手だった私は正反対な彼の受け売り知識しかないが、確か梶井基次郎だとか言う人の小説の冒頭だったはずだ。桜の木の美しさの真相を知ってしまった男の話と彼は言っていた。その美しさに狂わされてしまった哀れな男の、独白だと。
もしその男が彼だとしたらどうしようか。この桜の美しさに狂わされ、その下にあるものを探しているとしたら、もしソレが、屍体だったとしたら。あの音が肉の溶けてあらわになった骨の当たる音だとしたら。
いつもなら馬鹿げているの一蹴するはずの考えが、頭から離れない。あんなに知りたかった真実が、怖くて仕方がない。

悩んでいるうちに、彼はソレに辿り着いてしまったらしい。穴に手を突っ込み、恍惚の表情を浮かべる。そして土に塗れたそれを一気に引き上げた。

それはなんてことの無い、金属でできたお菓子の箱だった。私がよく食べていたクッキーの、シンプルなデザインが酷く懐かしい。屍体でなかったことに酷く安堵して、さっきまであんなに怖がっていたことが恥ずかしくなった。
「その箱、なんだっけ。」
彼は相変わらず答えない。なぜ校庭にお菓子の箱が埋まっていたんだろう。巷に聞くタイムカプセルを思い出した。
箱の中に未来への手紙やらなんやらを入れて、埋める。何十年後に掘り出してその懐かしさに浸る。どこかの地域では小学校などで作ることもあるらしいが、私はやったことがなかった。憧れを持ちながらここまで来てしまった。
ガコッと封印が解ける音がして、その中身が見えた。
まず目に入ったのは写真だった。何気ない日常風景、体育祭や文化祭といったイベント、学校外で遊びに行った時の笑顔、そんな切り取られた思い出が何枚も詰め込まれている。

そこまで見て、やっと思い出した。あれは私達が埋めたものだ。タイムカプセルに憧れていた私が、彼や他の友人を誘って埋めたもの。10年後みんなで見ようといって、未来へ送ったタイムカプセルであったこと。そして今日がその10年後であること。
こうして彼しか来ていないのを考えると、約束は彼以外の人には忘れられてしまったのだろう。このタイムカプセルは野ざらしの屍体と同じなのだ。
「思い出なんて今の屍体だ。なんの意味もない。」
なんてセリフを吐いた彼が覚えているとは思わなかった。

「懐かしいねぇ、これとか楽しかったなぁ。」
彼は返事の代わりに、小さな嗚咽を漏らした。箱に詰められた屍体を大事そうに抱えて、とめどなく溢れる涙もそのままに。
「懐かしすぎて涙が溢れてきた?」
問に対する返事は無い。ただ一言、
「どうして居なくなったんだ」
と、彼は誰に言うでもなく呟いた。
謝罪だとか、言い訳だとか、言いたいことは腐るほどあるのに、その全てが彼には届かない。

桜に狂わされて、美しい花の養分になった。今を放棄して、思い出という名の屍体になった私にはこの言葉を伝える術は残されていなかった。

どうか君が、この美しくもおぞましい花と、その下に眠る屍体に狂わされることが無いよう、祈っている。










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