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屍体に口なし

彼は桜の木の下で、一心不乱に地面を掘っている。どうして掘っているのか、なんど聞いても教えてはくれない。
ただただ、私には分からない何かを探して、掘り続けるのみである。

その桜の木は、私達が青春を過ごした高校の校庭に生えていたものだった。何十年と昔から若人の日々を見守ってきたソレは今も変わらず鎮座している。変わったのはその周囲だった。時代の変化によって必要とされなくなってしまった懐かしき校舎は打ち捨てられ、忘れ去られた。誰も覚えていないモノなんて弔いを待つ野ざらしの屍体と同じだ。私達の記憶に残っているものは風化し、唯一その存在を示せるのは怪しげな美しさを称えるその桜のみである。

桜色の花弁が混ざり湿った土はうずたかく盛られ、穴の深さを示している。その山が10センチには届こうかという程になっても彼は満足しないようで、その手が止まることは無い。放っておかれるだけの透明な存在となった私に出来ることは、彼が掘っている理由を探すだけだ。

といっても、こんな寂れた廃校舎に何かお宝がある訳でも、穴の中に隠れようとしている訳でも無いようで。私の推理は真相に辿り着く前に崩壊した。

突如カアンと軽い音が響いた。どうやらそれは穴の中から鳴ったらしい。彼の掘る手が期待に満ち、更に早くなる。私もこの無限に続くかと思った退屈に終止符が打たれると思うと心が踊った。私が辿り着けなかった真相を知ろうと穴に近づく。1歩、また1歩と近づく中でふと
「桜の木の下には屍体が埋まつてゐる!」
なんて言葉を思い出した。

読書が苦手だった私は正反対な彼の受け売り知識しかないが、確か梶井基次郎だとか言う人の小説の冒頭だったはずだ。桜の木の美しさの真相を知ってしまった男の話と彼は言っていた。その美しさに狂わされてしまった哀れな男の、独白だと。
もしその男が彼だとしたらどうしようか。この桜の美しさに狂わされ、その下にあるものを探しているとしたら、もしソレが、屍体だったとしたら。あの音が肉の溶けてあらわになった骨の当たる音だとしたら。
いつもなら馬鹿げているの一蹴するはずの考えが、頭から離れない。あんなに知りたかった真実が、怖くて仕方がない。

悩んでいるうちに、彼はソレに辿り着いてしまったらしい。穴に手を突っ込み、恍惚の表情を浮かべる。そして土に塗れたそれを一気に引き上げた。

それはなんてことの無い、金属でできたお菓子の箱だった。私がよく食べていたクッキーの、シンプルなデザインが酷く懐かしい。屍体でなかったことに酷く安堵して、さっきまであんなに怖がっていたことが恥ずかしくなった。
「その箱、なんだっけ。」
彼は相変わらず答えない。なぜ校庭にお菓子の箱が埋まっていたんだろう。巷に聞くタイムカプセルを思い出した。
箱の中に未来への手紙やらなんやらを入れて、埋める。何十年後に掘り出してその懐かしさに浸る。どこかの地域では小学校などで作ることもあるらしいが、私はやったことがなかった。憧れを持ちながらここまで来てしまった。
ガコッと封印が解ける音がして、その中身が見えた。
まず目に入ったのは写真だった。何気ない日常風景、体育祭や文化祭といったイベント、学校外で遊びに行った時の笑顔、そんな切り取られた思い出が何枚も詰め込まれている。

そこまで見て、やっと思い出した。あれは私達が埋めたものだ。タイムカプセルに憧れていた私が、彼や他の友人を誘って埋めたもの。10年後みんなで見ようといって、未来へ送ったタイムカプセルであったこと。そして今日がその10年後であること。
こうして彼しか来ていないのを考えると、約束は彼以外の人には忘れられてしまったのだろう。このタイムカプセルは野ざらしの屍体と同じなのだ。
「思い出なんて今の屍体だ。なんの意味もない。」
なんてセリフを吐いた彼が覚えているとは思わなかった。

「懐かしいねぇ、これとか楽しかったなぁ。」
彼は返事の代わりに、小さな嗚咽を漏らした。箱に詰められた屍体を大事そうに抱えて、とめどなく溢れる涙もそのままに。
「懐かしすぎて涙が溢れてきた?」
問に対する返事は無い。ただ一言、
「どうして居なくなったんだ」
と、彼は誰に言うでもなく呟いた。
謝罪だとか、言い訳だとか、言いたいことは腐るほどあるのに、その全てが彼には届かない。

桜に狂わされて、美しい花の養分になった。今を放棄して、思い出という名の屍体になった私にはこの言葉を伝える術は残されていなかった。

どうか君が、この美しくもおぞましい花と、その下に眠る屍体に狂わされることが無いよう、祈っている。










7/6/2024, 4:34:31 PM