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7/24/2025, 4:19:31 PM

もしも過去へと行けるなら


彼女がここにいることは知っている。そして、私がここに来ない事も知っている。ここへ来たのはほんの気まぐれ、少しの休憩。知りもしない問の答えを聞くために、私は彼女の前に座るのだ。

私の数少ない友人は、ある日死んでしまった。交通事故だった。何でも、職場へ向かう最中にロードローラーに引かれたらしい。人と認識できないほどぺちゃんこになってしまったそうだ。何故ロードローラーがいるのか、引かれたのかは分からないがあいつらしい馬鹿げた幕引きだと思った。思ったが、納得は出来なかった。
もしも過去へと行けるなら、私はあいつに何をするだろう。何を言うだろう。どうやって、あいつを生かすのだろう。
結論はいつまで経っても出なかったので、実際にやってみることにした。正直タイムマシンの可能性など微塵も信じておらず、成功するとは思っていなかったが、とにかくやって納得したかったのだ。失敗して、全てを終わりにしたかった。タイムマシンが完成したのはあいつが死んでから2年後。丁度命日の日だ。

2回目
事故の数時間前に戻り、あいつを職場に向かわせないようにした。自宅のアパートでこっそり下剤をもり、トイレに監禁したのだ。交通事故さえ起こらなければ死なないと、そう思っていたから。
安心して今に戻ればあいつは死んでいた。何でもアパートにトラックが突っ込み、アパートごとぺちゃんこになったそうだ。事故の時刻は1回目と同じだった。
もう一度、タイムマシンを起動する。

3回目
事故の1時間前に戻り、同じように職場へ向かうのを妨害した。前回と違うのは直接関わることだ。
仕事へ向かおうとする彼女を無理矢理いつものカフェへ連れ込み、何とか引き止める。元々面倒くさがりでどこか雑な彼女だ。仕事に間に合わない事を悟ると、私に暴言を吐きながら連絡を入れる。
今日全ての食事代金を奢ることを約束し、別の話題に切り替え有耶無耶にする。議論好きなロマンチストはその話題に乗っかり、楽しそうに自論を語る。私はただひたすら、時間が過ぎて彼女が未来へ進むことを祈って聞き流す。
置かれたミルフィーユは緊張のせいで味がしない。けれど、平穏を装って、1口頬張り──投げ飛ばされる。
横からはキツイスポットライトが当てられ、世界が遅延する。投げ飛ばしたのは彼女だ。火事場の馬鹿力とでも言うのだろうか、普段の様子からは信じられない程必死の形相で、とんでもない力で、彼女から引き離される。
そして、スポットライトの主が、トラックが窓を突き破り彼女の時間は止まった。
居眠り運転だったそうだ。アクセルを踏んだまま、真っ直ぐ進みカフェへ突っ込んだ。彼女はトラックと店の壁やあれやこれやに挟まれてぺっちゃんこになった。初めて、彼女の死体を見た。
もう一度、タイムマシンを起動する。

何度起動しても、彼女は死ぬ。何故かぺちゃんこになって死ぬ。食べたミルフィーユと見届けた彼女の死体はゆうに100を超えた。

「もしもタイムマシンを使って過去を変えるなら、何時に戻るのが最善だと思う?」
彼女を引き止めようとしたとき、そんな話を振られた。何回目かは覚えていない。覚えていられないほどタイムマシンを起動した後だ。
「私はね、使わないことが最善だと思うよ。」
分からないと口を開こうとした時、そう冷ややかに彼女は告げる。彼女の目を見られなかった。
「学生時代こそ、タイムマシンの可能性を信じていたけれど。けれど過去は変えられない。変えられちゃ大変だ。」
きっと、彼女は勘がいいから気がついていた。私が何かをしようとしていること、そして自身に何かがおこることを。
「君が死ぬなら必ず死ぬし、私が死ぬならきっと死ぬ。そういうものなんでしょ。」
諦めなよ。諦めて、元の時代に帰んな。

そこへ戻ったのは、現実逃避の結果だ。諦めたくて、全てを終わりにしたくて、彼女の言葉は私が望んでいた言葉だ。そのはずだ。けれど受け入れられなかった。君ならまだ、タイムマシンを信じていて、過去は変えられると信じていると、そう信じていた。
彼女の死を見届けて、今へ帰って、呆然として。そうして無意識の下でやってきた過去だ。ここはまだ私たちが学生だった頃。彼女は強引なロマンチストで、私は頑固なリアリスト。この日は私がたまたま腹を下し、カフェに集うことはなかった。

彼女はいつもの席にいる。私が最後に見た姿より少し若く、私を見るなり
「君、お腹の調子は大丈夫?なんだかやつれているけれど。」
と、呑気に言ったのだ。

「もしタイムマシンがあったのなら、いつに戻るのが最適解か。」
ミルフィーユは食べ飽きた。というよりは彼女はカフェで死ぬことも多かったため、ミルフィーユにトラウマを抱いているというのが正直なところだ。
気分転換も兼ねて、普段は食べないカツサンドを注文する。彼女はいつも通り、ホットケーキを頼みコーヒーに角砂糖を5個入れる。
「戻すのは前提なんだね。君にしては意外だ。」




6/17/2025, 3:41:20 PM

届かないのに

届かなくても忘れられない思いがあると知ったのは、中学生の頃だ。
卒業式の前日、私は大切な親友にある約束を取り付けた。
“卒業式の後、誰もいない教室で話がしたい”
彼女はそれを聞いた時笑っていた気がする。笑って、楽しみだと、そう言っていたはずだ。
だが、彼女は来なかった。卒業式にすら来れなかった。登校中に交通事故で死んでいたらしい。顔も制服も、元が分からないほどぐちゃぐちゃになってしまったらしく、身元確認が出来なかった。そのため彼女の行方は家族にも教師にもわからず、1人の無断欠席で式を中止する訳にも行かず、式は彼女なしで行われた。死んでるなんて、誰も思わなかったから。
当時スマホが出たばかりで、持ち合わせていなかった子供の私は、それを知らず教室で待ち続けたのだ。そして、やっと連絡を受けた担任から、その報せを聞かされた。
彼女は、私が思いを伝えたかったあの子は、もうこの世界にいない。

そんな彼女が、大人になった今目の前にいる。

正確には彼女の姿なんてしておらず、私が彼女を投影しているだけ。と、いうのが“魔法使い”の言い分だ。
彼女の命日、墓参りの帰りに魔法使いは私の前に現れた。恋焦がれた姿を見て動揺する私を、問答無用でバーへ連れ込み、そしてこう言ったのだ。
“あなたの想いを僕にくれやしないか”

曰く、魔法を使うには“心”が必要。その思いを、魔法使いは持ち合わせていなかった。理解することが出来なかった。
そこで、彼(彼女?)は心の成果物である“思い”を他者から貰うことにしたらしい。すぐに消えてしまうような思いではなく、心を蝕むような、あまりの重さに耐えられないようなそんな“想い”を。
自分を鏡のようにする魔法を使い、相手の想いを写す。そしてその想いを貰う。貰われた想いは魔法使いのものになり、持ち主はその想いを忘れる。
その取引相手に、見事私は選ばれた。

正直、重いとは思っている。中学生という多感で繊細で、そして子供だったあの頃にもたらされた親友の死が、そして10数年たった今でも、彼女の存在を引きずっている自分が、あの日行き場を無くしてしまって、私と共に育ち続けている想いが。

未完









6/17/2025, 5:50:57 AM

記憶の地図

祖母が亡くなった。好きだった夏が来る前に、ぽっくりと。

祖母の家は田んぼと山に囲まれた田舎にある。

5/16/2025, 1:03:00 AM

光り輝け、暗闇で


再会の時

空の果て、宇宙というものに憧れていた。輝く星たちに囲まれて無重力の空間を漂い、その旅の果てに“あの子”と再会する。それが私の夢だった。

「実は私宇宙人なんだ。」
彼女は朗らかに、けれど少し寂しそうに私に告げるのだ。何度も見た過去の記憶、青くて暑い高校時代の夏。
彼女は不思議な人だった。まるで恒星のような輝きと魅力を持つ、私の大切な人だった。
私と彼女は幼馴染で、いつでも一緒にいる。けれどいつからかは誰も覚えていない。
先生も知らないような知識や言語を知っている。けれど、最近の出来事や流行りは知らない。
彼女はきっと私が好きで、私のことを沢山知っている。けれど、私は彼女の事を何も知らない。
それでも、私達はいつでも隣にいた。そう、彼女が自分の秘密を話してくれるほどには。

事の始まりは1977年、NASAが打ち上げたとある惑星探索機。宙の人々へのメッセージとして金色のレコードをたずさえ遥か彼方へ飛び立ったソレ──ボイジャーは、今も私たちの上を旅している。
彼女はボイジャーと出会って初めて、人間という存在を知ったそうだ。正確には、ボイジャーの持っていたゴールデンレコードを解読して。ソレには地球上の様々な言語・文化・音楽が詰められている。彼女はその小さな金色のプレゼントを何回も見ながら、遠い遠い宇宙の先から、このちっぽけな星へやってきたらしい。
だから彼女は、沢山の知識があってもそのレコードに記されていない直近の出来事は知らなかった。

彼女は宙を旅して生きる存在らしい。少なくとも、一つの星に何年も住んでていいような存在じゃないそうだ。
彼女が私に秘密を告げたのは信頼の証であり、そして別れの予感でもある。ボイジャーに導かれここへやってきた彼女は、もうすぐその命尽きる旅人を連れて更に違う星へ旅立つそうだ。
またここへ帰ってくるかと聞いた時、彼女は曖昧な微笑みしか返さなかった。この広大な宇宙でここに帰ってきた時一体どれほどの時間が経っている事だろう。それ理解しているからこそ、言葉を返さなかった。

彼女がここへ帰ってくる前に、きっと私は死んでしまう。けれど、もう二度と会えないなんてそんなのはごめんだ。
だから私は宇宙へ旅立つ事にした。かつてのボイジャーと同じように……とは行かないが、数多の試練と試験を乗り越えて、ただ会いたいと言う一心で宇宙への切符を手にした。
彼女を見つけられる確証なんてないけれど、きっと彼女はあの頃のように光り輝いている。私がその光を覚えている限り、どんな暗闇でも見つけられる。

だからどうか、待っていて。私がその光に辿り着くその日まで、あなたを見つけるその時まで。








11/3/2024, 12:20:36 PM

鏡の中のあなたへ

「この間、親友と絶交してきたんだ。」
果たして親友なぞいるのかという風貌で性格の彼が、壮絶な舌戦の後にそんなことを言うものだから、やっと落ち着いて飲むことが出来た紅茶を吹き出してしまった。
「君友達いたのかい?!紹介してくれよ!君に対する愚痴を語り合いたいからね!」
高校から大学へと同じ道を共にしてきて、私は彼の絶交するような関係性にある人の話を聞いたことも見たこともない。
「あの子はもういない。私がお前に話そうとしているのは親友と絶交した話と言うより、親友が生まれてからの話だ。」
そういう彼の顔は普段の仏頂面ではなく、どこか哀愁と儚さを漂わせていたので、先程の言動を少し反省した。
紙ナプキンでこぼした紅茶を吹き、姿勢を正す。
「聞かせておくれよ、君の親友の人生を。」


親友とは言っても世間一般でいう正当な友人ではなく、いわゆるイマジナリーフレンドと言うやつだ。事の始まりについてはあまり良く覚えていないが、私の幼少期というのは不安定で両親も共働き。ふと生まれた心の隙間を埋めようとしたのだろう。
彼は鏡の中に住んでいた。今ならば、鏡像を別人と捉えたのだと思えるが、当時の私にとって彼は全くの別人で、貴重な同い年の友人だったんだ。お前の言う通り、私は幼い頃から仏頂面で付き合いと口が悪かったからな。

「でも、イマジナリーフレンドって多くは子供のうちに消えるって話だろう?多くの子供の大切な友達で、そのうち正体に気が付かれ消えて忘れ去られる。」
「あくまでも多くは、の話だ。青年期から大人にかけるまで残る場合もある。私の場合はそれだった。つい先日まで、鏡を見れば幼い彼がいて、普通に会話をしていたんだ。」
彼の親友は、少し赤毛のアンの登場人物に似ていると思った。ケティ・モーリス。戸棚のガラスにうつった自分に別の名前をつけアンの友人になった鏡像。
彼女は多くのイマジナリーフレンド達のように正体に気が付かれた訳ではなく、アンが別の家庭に移動することで戸棚から離れることになってしまった故に別れを告げる。
きっと、アンの心からケティが忘れられることはなかったのだろう。最後まで、気がつくことなく友達でいられたのだ。

会話をしていたんだがな。やっぱり大学生ともなると分かってしまうんだ。いや、本当はずっと前から分かっていた。彼は単なる私の想像で、実在しない。子供の寂し紛れのおもちゃで、大人になれば捨てなければいけないと。
「それで、絶交したの?そんな義務感からサヨナラを告げたのかい?」
おもわず口をついて出てしまった言葉に、彼は顔を顰めた。素直だと言われる悪癖が出てしまったと後悔する。
それでも、思ったことは本当だと思い直して、言葉を続ける。
「君のことだから、親友君と議論でもして大喧嘩になったのかと思っていたからさ。」
「それでも、本当に、大人になったから別れるなんてもったいないと思ったんだよ。私もその子と友達になりたかったから。」
「……悪かったな。もう居ないんだ。家の鏡は、全て割ってしまったから。もう、どこにも、居ないんだ。」
彼のコーヒーの水面が揺れて、模様を刻む。きっと、忘れ去る前に愛する親友の役目を終わらせたのだろう。その手で、繋がりを壊してしまった。
紅茶を口に含んで、窓ガラスを見つめた。そこにいるのは、私と彼だけだ。鏡の中のあの子はもうどこにもいない。

もしも鏡の中のあなたへ私の声が届くのならば、どうか彼の元へ帰ってきてくれないだろうか。私も仲直りする手伝いをするから、絶交を撤回して、もう一度話してはくれないだろうか。私もあなたに会いたかったんだ。
なんて、不毛な願いを抱きながらやっと運ばれてきたショートケーキのいちごにフォークでとどめをさした。

















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