『――サエ?』
――つながった。
もう二度と、聞くことができないと思っていた声が。この電話から聞こえる。たしかにつながっている。
「……、……レイス……っ」
顔が熱くなる。目の前はあっというまに滲んで、涙が頬をつたっていく。
『サエ!? サエなんだな!?』
「うん、れいす、レイス……!」
これが夢でもいい。これが夢でも、もう忘れてしまったと思った声を、こうやって鮮明に思い出すことができたのだから。
レイス。レイス・マクレーン。マクレーン帝国の、第一王子。彼は、――ものがたりのなかの世界のひとだ。そしてその世界は、わたしが三年前に飛ばされた世界だった。
/はなればなれ
こんなときにいつも、思い出してしまうのはきみのことなのだ。その度にわたしは、きみをすきなことをただ思い知らされて、むねがきゅうっと締め付けられて、それからどうしようもなく、きみのことが憎たらしくなる。
だってさ。だって、いつもわたしばっかりじゃないか。わたしばっかり。わたしばっかりが、きみのこと、すきで。だいすきで。
(きみはさ)
わたしのこと、思い出したりするの。そんなとき、どんなきもちになるの。わたしはね、わたしは、わたしはさ。このこころのなか。ぜんぶきみに、ひらいて、見せちゃいたいんだけどさ。
(でもそんなことしたら、きっときみに、きらわれちゃうね)
/脳裏
二番目でもいいなんて嘘だ。
ほんとうはずっと一番がよかった。
でもそれを口にしてしまえば、わたしは二番目にも居ることは出来なくなるのだろう、と思ったらなにひとつ動けなくなってしまった。わたしはずっと、臆病者だ。
それでも。それでもさ。
見るなら、泣き顔より、笑顔がよかった。
「――大丈夫だよ。ぜったい、大丈夫」
その手を握った。こわいのだろう、おそろしいのだろう。一番大切なひとを失うかもしれない、そんな恐怖を一身に浴びているのだろう。
「信じて、待とう?」
それが少しでも和らぐならいい。わたしがそばにいることで、辛さが軽くなるのならいい。その瞳が、いまのあなたのこころが、わたしをうつしていなくても。
「そばにいるから」
臆病者なのだ。ずっと、わたしは。
/やるせない気持ち
「太陽って言うと、きみを思い出すんだよね」
「脈絡がないな。そんな壮大なものをおれに例えないでください」
「まあ聞いてよ。だってきみとずっと一緒にいると――、とけちゃいそうなんだよ」
そう言ってはにかんだ先輩こそ、おれにとっては太陽のように思えるのだと、そんなことを言ったら困るのだろうか。
「……勝手にとけないでくださいよ。とけられたら、困ります」
発した声は自分でも思ったよりふてくされていた。先輩はハハ、と快活にわらってみせた。
「きみしだいだよ。後輩クン」
/太陽
彼女はここではないどこかについて空想し、それを言語化する能力に非常に長けていた。ぼくは毎日のようにそれらの事について聞かされ、時には笑い、時には呆れ、時にはあまりにも馬鹿馬鹿しくて聞くに耐えなかったりと、様々だった。それでも彼女の話を、毎日聞き続けていたのは。それは。
ある日、彼女が事故で死んだ。
死んだ、とニュースで報道された。
遺体が見つかっていない、とアナウンサーが言っていた。
海沿いの道路。その道を歩いていた彼女は居眠り運転をしていた車に跳ね飛ばされ、そのまま海に落ちてしまったのだと言う。ドライブレコーダーがそれらを記録していたらしい。
だけれど、見つからないのだ。彼女の遺体が。いくら海の中を捜索しても。周辺をあまねく調べてみても。確かに彼女の血痕が車に残っているのに、DNAだって一致しているのに。彼女の遺体だけが、どこにも見つからないのだと。
そこでぼくは納得した。彼女は死んだのでは無い。理想郷へ行ったのだ。彼女が毎日のように話していた、ここではないどこかへ。
ぼくは笑った。
「ひどいやつだな、おまえは」
なんでぼくも連れてってくれなかったんだよ。あんなにおまえの話を聞いていたのに。相槌だってたくさん打って、どんなに馬鹿馬鹿しくても、途中で切ったりなんてしなかったのに。薄情者。薄情者。
「おいていくなよ」
おまえの話を聞き続けていたのは。
それは。
それは。
/理想郷