「子供のままのほうがよかった?」
袖を引く手が、自分を引き留める。後ろに少しだけ振り返る。見えた姿はうつむいていて、表情を伺うことはできなかった。
「千歳(ちとせ)さんには、わたしが子供のままのほうが、よかった?」
ふと過ぎる。あの日の彼女の姿。いまの彼女よりも、うんとちいさく、おさない姿。あの時も手が引いていた、自分の袖を。ただ、そうだな、いまと違うのは。
『ちぃおにいちゃん、行かないで……』
「じゃあきみが、顔を上げてくれたら教えてあげる」
その言葉を聞いて、おそるおそる、と言う風に。彼女の頭が上がる。眉を下げ、不安げに揺れたその瞳。ふ、と笑みがこぼれた。
(よかった)
あの日の幼いきみは、泣き腫らした真っ赤な目をしていたから。そう、いまならば。
そんな目にはさせないのだから。
今度こそ身体ごと振り返り、その為に離れてしまった手を自分から繋ぎ直す。驚きに目をまんまるくさせた彼女に教えてあげるために、口を開いたのだった。
/子供のままで
「すきだあああああああああああ!!」
うるっさ、と声がきこえたような気がして、すぐに笑いがこぼれてしまった。もう一度叫ぼうか、と思いつつも口を噤む。たった一度。たった一度でも、きっときみには届いたはずだ。
「――あいしてるよ」
そらへ。そらへ。祈りのように、そう呟いた。
なあ、いつかさ。いつかおれが、きみとおんなじところにいったらさ。
そしたらさ。
/愛を叫ぶ。
「熱があるのか」
熱があるか、と言えばあるだろう。ただすぐに冷める微熱ではある。
目の前のきみが、わたしの額に当てる手を離してくれるのならば。この熱は、容易に冷める。
「今日ははやく休んだほうがいいぞ」
「アア……ウン。そうする……」
どんかん、と同時に、誤魔化されていてたすかる、とも思う。
いかんせんわたしにはまだ、一歩を踏み出す勇気がないのだ。これっぽっちも。
/微熱
『――サエ?』
――つながった。
もう二度と、聞くことができないと思っていた声が。この電話から聞こえる。たしかにつながっている。
「……、……レイス……っ」
顔が熱くなる。目の前はあっというまに滲んで、涙が頬をつたっていく。
『サエ!? サエなんだな!?』
「うん、れいす、レイス……!」
これが夢でもいい。これが夢でも、もう忘れてしまったと思った声を、こうやって鮮明に思い出すことができたのだから。
レイス。レイス・マクレーン。マクレーン帝国の、第一王子。彼は、――ものがたりのなかの世界のひとだ。そしてその世界は、わたしが三年前に飛ばされた世界だった。
/はなればなれ
こんなときにいつも、思い出してしまうのはきみのことなのだ。その度にわたしは、きみをすきなことをただ思い知らされて、むねがきゅうっと締め付けられて、それからどうしようもなく、きみのことが憎たらしくなる。
だってさ。だって、いつもわたしばっかりじゃないか。わたしばっかり。わたしばっかりが、きみのこと、すきで。だいすきで。
(きみはさ)
わたしのこと、思い出したりするの。そんなとき、どんなきもちになるの。わたしはね、わたしは、わたしはさ。このこころのなか。ぜんぶきみに、ひらいて、見せちゃいたいんだけどさ。
(でもそんなことしたら、きっときみに、きらわれちゃうね)
/脳裏