natsu

Open App
5/12/2024, 10:11:45 AM

「子供のままのほうがよかった?」
 袖を引く手が、自分を引き留める。後ろに少しだけ振り返る。見えた姿はうつむいていて、表情を伺うことはできなかった。
「千歳(ちとせ)さんには、わたしが子供のままのほうが、よかった?」
 ふと過ぎる。あの日の彼女の姿。いまの彼女よりも、うんとちいさく、おさない姿。あの時も手が引いていた、自分の袖を。ただ、そうだな、いまと違うのは。

『ちぃおにいちゃん、行かないで……』

「じゃあきみが、顔を上げてくれたら教えてあげる」

 その言葉を聞いて、おそるおそる、と言う風に。彼女の頭が上がる。眉を下げ、不安げに揺れたその瞳。ふ、と笑みがこぼれた。
(よかった)
 あの日の幼いきみは、泣き腫らした真っ赤な目をしていたから。そう、いまならば。
 そんな目にはさせないのだから。

 今度こそ身体ごと振り返り、その為に離れてしまった手を自分から繋ぎ直す。驚きに目をまんまるくさせた彼女に教えてあげるために、口を開いたのだった。



/子供のままで

5/11/2024, 12:33:47 PM

「すきだあああああああああああ!!」

 うるっさ、と声がきこえたような気がして、すぐに笑いがこぼれてしまった。もう一度叫ぼうか、と思いつつも口を噤む。たった一度。たった一度でも、きっときみには届いたはずだ。

「――あいしてるよ」

 そらへ。そらへ。祈りのように、そう呟いた。

 なあ、いつかさ。いつかおれが、きみとおんなじところにいったらさ。
 そしたらさ。

/愛を叫ぶ。

11/26/2023, 11:06:01 AM

「熱があるのか」
熱があるか、と言えばあるだろう。ただすぐに冷める微熱ではある。

目の前のきみが、わたしの額に当てる手を離してくれるのならば。この熱は、容易に冷める。

「今日ははやく休んだほうがいいぞ」
「アア……ウン。そうする……」

どんかん、と同時に、誤魔化されていてたすかる、とも思う。
いかんせんわたしにはまだ、一歩を踏み出す勇気がないのだ。これっぽっちも。

/微熱

11/16/2023, 11:23:18 AM

『――サエ?』

――つながった。
もう二度と、聞くことができないと思っていた声が。この電話から聞こえる。たしかにつながっている。

「……、……レイス……っ」

顔が熱くなる。目の前はあっというまに滲んで、涙が頬をつたっていく。

『サエ!? サエなんだな!?』
「うん、れいす、レイス……!」

これが夢でもいい。これが夢でも、もう忘れてしまったと思った声を、こうやって鮮明に思い出すことができたのだから。

レイス。レイス・マクレーン。マクレーン帝国の、第一王子。彼は、――ものがたりのなかの世界のひとだ。そしてその世界は、わたしが三年前に飛ばされた世界だった。

/はなればなれ

11/9/2023, 4:30:47 PM

 こんなときにいつも、思い出してしまうのはきみのことなのだ。その度にわたしは、きみをすきなことをただ思い知らされて、むねがきゅうっと締め付けられて、それからどうしようもなく、きみのことが憎たらしくなる。

 だってさ。だって、いつもわたしばっかりじゃないか。わたしばっかり。わたしばっかりが、きみのこと、すきで。だいすきで。

(きみはさ)

 わたしのこと、思い出したりするの。そんなとき、どんなきもちになるの。わたしはね、わたしは、わたしはさ。このこころのなか。ぜんぶきみに、ひらいて、見せちゃいたいんだけどさ。

(でもそんなことしたら、きっときみに、きらわれちゃうね)

/脳裏

Next