「子供のままのほうがよかった?」
袖を引く手が、自分を引き留める。後ろに少しだけ振り返る。見えた姿はうつむいていて、表情を伺うことはできなかった。
「千歳(ちとせ)さんには、わたしが子供のままのほうが、よかった?」
ふと過ぎる。あの日の彼女の姿。いまの彼女よりも、うんとちいさく、おさない姿。あの時も手が引いていた、自分の袖を。ただ、そうだな、いまと違うのは。
『ちぃおにいちゃん、行かないで……』
「じゃあきみが、顔を上げてくれたら教えてあげる」
その言葉を聞いて、おそるおそる、と言う風に。彼女の頭が上がる。眉を下げ、不安げに揺れたその瞳。ふ、と笑みがこぼれた。
(よかった)
あの日の幼いきみは、泣き腫らした真っ赤な目をしていたから。そう、いまならば。
そんな目にはさせないのだから。
今度こそ身体ごと振り返り、その為に離れてしまった手を自分から繋ぎ直す。驚きに目をまんまるくさせた彼女に教えてあげるために、口を開いたのだった。
/子供のままで
5/12/2024, 10:11:45 AM