彼女はここではないどこかについて空想し、それを言語化する能力に非常に長けていた。ぼくは毎日のようにそれらの事について聞かされ、時には笑い、時には呆れ、時にはあまりにも馬鹿馬鹿しくて聞くに耐えなかったりと、様々だった。それでも彼女の話を、毎日聞き続けていたのは。それは。
ある日、彼女が事故で死んだ。
死んだ、とニュースで報道された。
遺体が見つかっていない、とアナウンサーが言っていた。
海沿いの道路。その道を歩いていた彼女は居眠り運転をしていた車に跳ね飛ばされ、そのまま海に落ちてしまったのだと言う。ドライブレコーダーがそれらを記録していたらしい。
だけれど、見つからないのだ。彼女の遺体が。いくら海の中を捜索しても。周辺をあまねく調べてみても。確かに彼女の血痕が車に残っているのに、DNAだって一致しているのに。彼女の遺体だけが、どこにも見つからないのだと。
そこでぼくは納得した。彼女は死んだのでは無い。理想郷へ行ったのだ。彼女が毎日のように話していた、ここではないどこかへ。
ぼくは笑った。
「ひどいやつだな、おまえは」
なんでぼくも連れてってくれなかったんだよ。あんなにおまえの話を聞いていたのに。相槌だってたくさん打って、どんなに馬鹿馬鹿しくても、途中で切ったりなんてしなかったのに。薄情者。薄情者。
「おいていくなよ」
おまえの話を聞き続けていたのは。
それは。
それは。
/理想郷
10/31/2022, 12:07:25 PM