10/30/2022, 12:32:36 PM
きみの香りがした。正しくは、きみと似たような香りがした。思わず振り返る。雑踏のなか、そこにきみの姿は無かった。当たり前だ。無いと分かっていたのに、探した。ふ、とこぼした息は諦めだったのか、安堵だったのか。分からなかった。分かりたくなかった。やめたかったんだ、本当は。こんな風に日常の至るところで、きみを懐かしく思うことなんて。やめたいんだ、もう忘れたいんだ、きみを。きみのことを。
「――」
言葉にならなかった声は、きみと似たような香りと共に、雑踏のなかに消えていった。
/懐かしく思う
10/29/2022, 4:53:37 PM
夢を見る。夢を見るのだ。眼鏡を外して、髪色も明るくて、全く着たことのないひらひらな服に目を包んで、外に飛び出していく自分の姿。ああ、あれは。きっともうひとりの私なのだろう。一度や二度であれば空想の延長線かとも思ったが、こうも何度も見てはそう思わざるを得なかった。もうひとりの私。もうひとつの人生。もうひとつの物語。今日もその夢の中、背中を見るばかりだった“私”が私に振り返る。
「あなたは、私?」
私は笑った。どんなふうに笑えていたかは、それこそ“私”だけが知っていた。
/もう一つの物語