小絲さなこ

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1/16/2025, 7:35:26 AM

「遠距離恋愛もうすぐ三年」


ホームの階段を駆け上りそうになる。
改札口は、ひとつ。
忙しいだろうから迎えはいらないって言っているのに、彼はいつも改札口まで迎えに来てくれる。

東京よりも低い気温。
頬がぴりりとする。
改札口を出て、見慣れたコートに駆け寄ると、挨拶よりも先に抱きしめられた。

六年間の予定の遠距離恋愛も、もうすぐ三年。
あと半分。

これからの三年間、彼はもっと忙しくなる。
今までみたいに、東京に会いに来る時間も無くなってしまうかもしれない。
だけど大丈夫。あと半分。
彼が東京に来られないのなら、私がこの街に来ればいいだけ。

澄んだ空は真っ青。
バスには乗らない。
徒歩一時間の道を手を繋いで歩いていく。



────あなたのもとへ

1/15/2025, 7:42:40 AM


「今どきそんなベタなことしない」


彼女が髪をかき上げた。
ふぅ、と息を吐いて、俺の耳に唇を近づけてくる。

あぁ、早くしてくれ。

そして、彼女はそっと囁く──


「こ・た・つ」


「って、おおおおい!」

俺は彼女から距離を取った。

「え、ダメだった?」
「今どき、漫才でもそんなベタなこと言わねーぞ!」
「じゃあ『ゆたんぽ』?」
「暖房用品の名称だろうが!」

『あたたかい言葉をかけてくれ』と、こいつにお願いした俺がバカだった。
くそぅ。耳が熱い。
まだ耳たぶが彼女の吐息を覚えてる。



────そっと

1/14/2025, 9:59:02 AM

「季節を巡る」

子供の頃、父に連れられて行った場所は、季節を感じる場所ばかりだった。

春の訪れを告げる福寿草から始まって、梅、あんず、カタクリ、木蓮、桜、桃の花、菜の花、水芭蕉、紫陽花、蓮の花、向日葵、コスモス、ダリア、彼岸花。そして紅葉狩り、飛来した白鳥……

絵を描くことが好きな私のために、父はいろいろな景色を見せてくれたのだ。
そのひとつひとつが、私の世界を作っていった。


そして今、人生の伴侶となった人と、季節を感じる景色を求めて各地を巡っている。
あの頃見た景色は変わらないはずなのに、隣にいる人が違うだけで、感じ方が変わるものなのか。

たぶんまた、来年、再来年、十年、二十年──月日を重ねたら、また別の印象を受けるのだろう。



────まだ見ぬ景色

1/13/2025, 8:33:03 AM

「未練があるのは私だけ」


もう二度と会えないあの子と会えるのは、夢の中だけ。
その回数も、ここ数年はめっきり減ってしまった。
このままでは、顔も声も忘れてしまう気がする。

夢の中の彼女は、私の心の中に住んでいるのだから、本人ではない。そんなことわかっている。
たとえ別人でも構わない。
他に方法が無いのだから。

未練があるのは私だけなのかもしれない。

あの頃言えなかったこと。出来なかったこと。
まだたくさんあるのに。


────あの夢のつづきを

1/12/2025, 8:22:39 AM


「ついに魔の手に堕ちてしまった」


「ついに、買ってしまった……」
「はぁあ〜」
彼が息を吐く。

同棲生活も半年を過ぎ、季節はふたつ巡って、冬。
部屋の真ん中に鎮座しているのは、悪魔の暖房器具だ。

「やばいこれ……」
「人をダメにする暖房器具だこれ」

一度入ったが最後、出られなくなる。危険極まりない。

「タイマーセットして、時間になったら出るって決める?」
「そんなことで、こいつの魔の手から逃れられるとでも?」
「思わない」
「あー、今、これを買ってしまったことを後悔してる」
「じゃあ転売する?」
「するわけねーだろ」


────あたたかいね

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