「未来を知りたいかと聞かれたら」
何かに導かれるように入っていった路地の奥。
小汚い雑貨屋の店先。木の箱の上に並べてある古い鍵が気になった。
「あら少年。その鍵が気になるの?」
肌の露出多めの服を着た年齢不詳の女性が微笑んでいる。
「あ、いや……」
「その鍵であの扉を開くと、未来を見ることが出来るのよ」
そう言って女性は店の奥を手で示した。
「……はぁ」
「信じてないわね」
いや、どう考えても怪しいだろこれ。
そういえば、前に兄貴がこの辺で変な体験したって言ってたな。
古本屋に色っぺーおねーちゃんがいて「それは未来がわかる本よ」とか言われたとか……
「未来っすか。そんなん知ったら面白くなくね?」
「あら、少年はそういう考えの持ち主なのね。残念」
ちっとも残念そうな表情をしていない女性に疑問を抱く。
なんか、嫌だな……
ぺこりとお辞儀をし、女性に背を向ける。
本能的な恐怖と嫌悪感が全身を駆け巡っているためか、自然と早足になった。
「残念だわ……」
女性の声に思わず振り返る。
あったはずの怪しげな店も女性の姿も、そこにはなかった。
────未来への鍵
「パンケーキは飲み物です」
「うわあ〜あ」
声を上げ、彼女は瞳を輝かせた。
「すごぉい、ぷるぷるしてる!」
そう言って、彼女はパンケーキをフォークの背で撫でる。
「いいから食え」
作った俺が促すと、彼女は両手を合わせて「いただきます」と瞼を閉じる。
「んん〜!なにこれぇ〜!とろとろ〜!」
「……ど、どうだ?」
「美味しい……はぁ、パンケーキって飲み物だったんだね」
「いや、どっちかっていったら粉もんだけど」
「メニュー名は『パンケーキは飲み物』で決まりだね!」
そう言う彼女の瞳はキラキラと輝いている。まるで満天の星空のように。
「いや、粉もんだから」
────星のかけら
「いい雰囲気を壊す方法」
ひと昔、いや、ふた昔だったら、電話が鳴って良い雰囲気の男女に邪魔が入っていた。
今や連絡のほとんどがSNS。
「うーん……どうやってふたりの邪魔をするか」
唸り声をあげて頭を抱える。
「なに物騒なこと考えてるの」
同棲中の彼女が俺の顔を覗き込んだ。
「いや、今描いてる漫画の……このふたりのことなんだけど……」
見つめ合うふたりの顔が近づいて……という、いい雰囲気のシーン。そこに邪魔が入るという、恋愛ものでは定番の展開。
イマドキの不自然ではない邪魔とは何か。それを考えているのだ。
「会社からの電話っていうのも、最近は使えないしね」
「そうなんだよ。こんなことならふたりの会社をブラックにしておけばよかった」
「通知を鳴らしまくる、とか?」
「いや、そんなウザいこと今時の若者しないだろう。やはりここは親からの電話とか」
「親もSNS使ってる世代じゃない?うちの母親、私より使ってるし」
「だよなぁ……もう、ばあちゃんからの電話にするか」
あぁ、人の恋路の邪魔は難しい。
────Ring Ring...
「俺の女神さま」
チャンスの女神は前髪だけと言うけれど、俺の女神は俺の近くをぐるぐる二周していた。
一度、通り過ぎてからその存在に気がついて、もっと周りを見ていれば、と後悔。
それから しばらくして、もう一度現れたので、すかさず捕獲。
「もう、いきなり何!」
腕の中で女神がジタバタともがいている。
「急に抱きつくとか、痴漢と思うじゃない!」
睨みつけてくる女神を無視して、彼女の肩に頭を乗せた。
「なに。これから部活じゃないの?」
「うん。今日、役を決めるオーディションだから、パワーとチャンスをチャージしようと思って」
彼女のため息が聞こえ、ぽんぽん、と頭を撫でられる。
「ま、テキトーに頑張って」
彼女はいつも、俺の心を平穏にしてくれる女神だ。
────追い風
「置いて行ったりしないから」
よちよち歩きしていた頃から一緒にいたから、今さら離れるなんて思わなかった。
「泣き過ぎ!」
そう言う彼女も、今にも泣き出しそうだ。
「だ、だってさぁ……」
「もー。なんであんたが泣くわけぇ……」
「うう……情けねー、俺……」
「まぁ、今さらだけどね」
「……うう」
志望校に合格した彼女にお祝いの言葉を言おうとしたら、涙が溢れて止まらなくなってしまった。
物心つく前から一緒にいるから、今まで散々みっともない姿を晒してきたが……
「たった四年じゃないの」
「四年もだぞ!」
県外の大学への進学が決まった彼女と、県内の大学を志望する俺。
初めて離れ離れになる。
俺は将来やりたいことが定まっていない。大卒というステータスを得るためだけに大学に行こうとしている。
それに対して、彼女には夢がある。真っ直ぐにその夢を追う彼女に対して、置いていかれてしまうのではないかと不安なのだ。
「大丈夫、置いて行ったりしないから」
彼女の唇が頬に触れる。
「私だって、ずっと一緒にいたいんだよ」
眉を下げて微笑む彼女の頬を、一筋の涙が流れた。
────君と一緒に