「星空が溢れる」
コップが割れたら中身は溢れる。
それならば、人間という器が朽ちたら、その中身はどうなるのだろう。
繋いだ手を握りしめる。
触れた部分の熱が混じり合って、同じ温度になっていく。境目が無くなっていくみたいに。
それでも、どんなに言葉を交わしても、どんなに体をくっつけても、実感がわかない。
たしかに、此処に存在しているけど、それを確かめられるのは見えている部分──外側だけ。
ふたりで見上げる夜空。
地面から足が離れていくような感覚に陥る。
頭上に広がる、数えきれないほどの星空。
「一生、忘れないと思う」
今ふたりで見ている星空も、交わした約束も。
返事は握った手に込められた力の強さ。
どう頑張っても、心はひとつになれない。
それを知ってるから触れたくなるのだということを、私は今夜初めて知ったのだ。
────心と心
「今さら適切な距離なんて」
たぶん、ではなく俺たちの距離感は幼馴染のそれではない。
だけど、今さら「適切な距離」で接するのは、意識していると周囲に思われてしまい恥ずかしい。
やたらと距離が近いのも、食べ物をシェアするのも、ずっと昔からしてきたことだった。
ひとつやめた事と言ったら、同じ毛布に包まって眠る事。
それくらい、なにもかも一緒にしてきた。
だから、今さら──異性として意識しているなんて、思われたら気まずいだろう。お互いに。
「ねぇ、モンブランとチーズケーキ、半分こしない?」
「あぁ、いいよ」
カフェでスイーツをシェアする俺たちが恋人ではなくただの幼馴染だなんて、周囲の客は思わないんだろうな。
内心、好きな子と食いもんシェアとかやべーって思っていても、顔に出ていない自信はある。
なんせかれこれ十年は隠しているからな。
────何でもないフリ
「図書室の顔見知り」
体育祭や文化祭は、クラスメイトとの仲を深めるきっかけとなるイベントだと言われている。
だが、仲良くなったように思えたのは一時的なものだった。
冬を迎えた今、ひとりで昼休みを過ごしている私は、友達がいない。
昼休みの残り時間はあと三十分。渡り廊下に出る。
ここは暖房が効いていないため、マフラーを肩掛けのようにして早足で目的地を目指す。
暖かい空気が漏れないよう、最小限に扉を開く。
するり。図書室に滑るように入ると、図書室でよく見かける男子生徒と目が合った。
ぺこり。お互いに会釈を交わす。
上履きのラインの色から同学年だということは判っているが、何組なのかも、名前も知らない。たぶん向こうも私の個人情報は知らないだろう。
同じ本を取ろうとして手が触れたりしたことは何度かあるが、それ以外ではろくに会話もしたことがない。図書室で見かけるだけの、まさに顔見知り。それだけの関係だ。
そのはずだったのに──
「ねぇ貴女、そこの彼と一緒に、リブリオバトルに出てみない?」
司書教諭のこの一言が、私と彼の関係を大きく変えてしまうなんて、この時の私たちは思いもしなかった。
────仲間
「いつもいっしょ」
幼い頃、手を繋いで寝ていた私たち。
いつもいっしょだから、ゆめのなかでもいっしょ。
起きた時に夢を覚えていなくても、気にしたことはなかった。
ただ、ふたりで手を繋いで横になるだけ、それだけでよかったのだ。
それは、良い夢を見るおまじないでもあったし、安心して眠ることができる習慣でもあったから。
やがて一緒に寝ることが無くなってからは、そのことを忘れてしまっていた。
そして、幼馴染から別の関係になった私たちは、手を繋いで横になっている。
「小さい頃もこうやって手を繋いで寝ていたこと、覚えてる?」
忘れていても構わなかったのに、彼から「覚えてる」と言われたことが、予想以上に嬉しくて、鼻の奥がツンとする。
あの頃、眠るのは遊ぶ時間が減るみたいでもったいなかった。
今は、ひとりで眠るのがなんだか怖いときがある。
このまま目が覚めなかったらどうしよう──と。
言葉にはしないけど、私が手を繋いで眠りたいときは、そんな不安を抱えているとき。
手を繋ぐ──ただそれだけなのに、心が澄んでいく気がする。
大丈夫だと思わせてくれるのだ。
いつもいっしょ。これからもずっと。
いつか遠い未来に、そういう時が来たら、手を繋ぎたい。どちらが先だとしても。
────手を繋いで
「切り取り線」
「ありがとう。気持ちは嬉しいけど、君のことは……その……俺、好きな子いるから。ごめん」
わかっていた。
わかっていた、のに。
先輩がそういう目で見ているのは、私ではなく、あの子。
そんなこと、見ていたから知ってる。
愛しいものを見るような表情、切なそうな苦しそうな先輩の視線の先には、いつもあの子しかいない。
私なら、先輩にあんな辛そうな顔をさせないのに。
そんな目であの子を見ないで。
あの子は、先輩の気持ちに全然気付いていない。
そのことに苛立って仕方ない。
あの子は何も悪いことをしていないのに。
自分の気持ちに区切りをつけなければ、自分がどんどん嫌な子になってしまう気がした。
先輩は私のことをなんとも思ってない。
それを先輩から聞きたかった。
そうでもしないと、諦められないほど、私は先輩のことが、すごく、すごく、好きだったのだ。自覚しているよりも遥かに。
ごめんなさい先輩、私の告白は、きっと自己満足でしかなかったんです。
ありがとう先輩、ちゃんとフってくれて。
さようなら、初めての恋。
────ありがとう、ごめんね