小絲さなこ

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12/8/2024, 9:03:26 AM

「マフラー」




この先、完成することは無い。
わかっているなら、ほどいてしまえばいいのに。

部屋の隅に追いやられた、編みかけのマフラー。
彼のために選んだ、ネイビーの毛糸。

夏の終わりの「さようなら」
思い出の品。渡すつもりだったモノ。

今年中に片付けようと思っているけど、やる気が出ないまま。

「こんなんじゃ、だめだ……」

意を決して、編みかけのマフラーを手に取った。
私の好みではない色。
このまま続きを編んで完成させても、自分用に使おうとは思えないだろう。

毛糸を引っ張ると、するするとほどけていく。


「明日、この色に合う色を買いに行こう……」

編んだクセがついている毛糸を、ぐるぐると球状に丸めていった。


────部屋の片隅で

12/7/2024, 7:41:04 AM

「ぬまる」



何度シャッフルして並べても、そこにあるのは『吊るされた男』


「……受け入れて、そこから何を得られるか──って感じ?」

そのカードを手に取り、じっと見つめる。
昔、母が持っていたタロットカードのうち、この絵のカードがとても怖かったのを思い出す。、


結果をノートに記し、丁寧にカードを仕舞う。ラグの上に寝転んだ。

「難しいな……」

一枚の絵をどう解釈するか。
簡単なようで難しい。
しかも、正位置と逆位置では意味が変わるのだ。

「難しい、けど……おもしろいんだよなぁ……」

果てがない世界に踏み込んでしまった気がする。

世間ではこういうことを『沼にハマる』だとか『沼る』などと言うのだろう。


────逆さま
  

 

12/6/2024, 7:36:05 AM

「フラれた幼馴染に胸を貸す」


彼女が先輩にフラれた。

彼女の想いが通じなかったことに、苛立つ。
なんだあの野郎。こんな可愛い子から想われて何が不満なんだ。俺ならこんな風に泣かせたりしないのに。

彼女が縋って泣くのは、幼馴染の俺で──そのことに苛立つし、安堵している。

包み込むように背中に腕を回し、ぽんぽんと軽く叩く。
このまま強く抱きしめてしまいたい。
だが、それが出来ないからこそ、彼女は俺の側にいるのだろう。

男女の友情が成立すると思っているのは、彼女だけ。
想いが溢れて眠れない夜を過ごしているのは、俺だけ。


「ありがとう。あんたが彼氏だったら良かったのに」

俺もそう思ってるよ。
同じIFだけど、そこにある思いは別方向だ。
それでも、そう思ってくれるだけで、今は充分。そう言い聞かせる。

たぶん、今夜は眠れない。


────眠れないほど

12/5/2024, 7:47:00 AM

「都合の良い夢」



これは夢だとわかってる。
現実の私は病院のベッドの上。

どれくらい体が動くのかわからない。
もしかしたら、指一本も動かせないかも。

そもそも、どれくらい時間が経っているのか。
一晩かもしれないし、何日、何週間、何年かも。

目を覚ますのが、怖い。


いつ死んでもいい──だなんて言って。
そのくせ、やり残したことはたくさんあったのだ。
やらないうちから、諦める理由をつけていただけで。


声が聞こえる。
私の名を呼ぶ声が。

覚悟を決められないまま、私による私のためだけの都合の良い夢は、もうすぐ終わる。

この夢の世界のことは、きっと忘れてしまうだろう。



────夢と現実

12/4/2024, 7:19:04 AM

「クーちゃんと父と私」



「もう良い年なんだから、ぬいぐるみで遊ぶのはやめなさい」

そう言って母は、クーちゃん──クマのぬいぐるみを私から取り上げた。
そのままゴミ袋に入れようとする母にしがみつき抵抗する。
ばしん!
腕を強く叩かれてしまい、あまりの痛さに思わず叫び声をあげた。

「何をしているんだ!」

間に入ってきた父と母が言い争いを始めた。
両親の喧嘩はいつものことだ。
こうなると父も母も、私が何をしようと見向きもしないのだが、そっと壁の方へ移動してやり過ごす。

「中学生になってからも、ぬいぐるみで遊ぶなんて、頭おかしいわよ。こんな子になるなんて……」

まるでゴミを見るような母の目が、大人になった今でも忘れられない。

本人が納得していないのに捨てるのは良くない、精神的に不安定になるのではないか──という父の主張に、母はしぶしぶ納得。
クーちゃんは廃棄処分は免れたものの、箱に入れられ、押し入れの奥に仕舞われることになった。

その後すぐに両親は離婚。
私は父についていくことになった。
母は鬼の形相で文句を言っていたが、そういうところが嫌だから父についていく、ということがわからないのだろう。

私と父は、ろくに荷物もまとめられず、逃げるように父の実家へと転がり込んだ。
思春期の娘を男手ひとつで育てるのは不安だ、と申し訳なさそうな父。その顔を見て、父についてきて良かったと心から思った。

私の部屋として案内された、二階の西向きの部屋。
ドアを開けると、そこには持ってくることが出来なかったクーちゃんがいた。

「どうして……」

クーちゃんをぎゅっと抱きしめる。
どんどん涙が溢れてきて、止まらない。


もしかしたら、こっそりと捨てられてしまうかもしれない──そう思った父は、実家にクーちゃんを預けてくれていたのだった。


────さよならは言わないで

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