「図書室の顔見知り」
体育祭や文化祭は、クラスメイトとの仲を深めるきっかけとなるイベントだと言われている。
だが、仲良くなったように思えたのは一時的なものだった。
冬を迎えた今、ひとりで昼休みを過ごしている私は、友達がいない。
昼休みの残り時間はあと三十分。渡り廊下に出る。
ここは暖房が効いていないため、マフラーを肩掛けのようにして早足で目的地を目指す。
暖かい空気が漏れないよう、最小限に扉を開く。
するり。図書室に滑るように入ると、図書室でよく見かける男子生徒と目が合った。
ぺこり。お互いに会釈を交わす。
上履きのラインの色から同学年だということは判っているが、何組なのかも、名前も知らない。たぶん向こうも私の個人情報は知らないだろう。
同じ本を取ろうとして手が触れたりしたことは何度かあるが、それ以外ではろくに会話もしたことがない。図書室で見かけるだけの、まさに顔見知り。それだけの関係だ。
そのはずだったのに──
「ねぇ貴女、そこの彼と一緒に、リブリオバトルに出てみない?」
司書教諭のこの一言が、私と彼の関係を大きく変えてしまうなんて、この時の私たちは思いもしなかった。
────仲間
「いつもいっしょ」
幼い頃、手を繋いで寝ていた私たち。
いつもいっしょだから、ゆめのなかでもいっしょ。
起きた時に夢を覚えていなくても、気にしたことはなかった。
ただ、ふたりで手を繋いで横になるだけ、それだけでよかったのだ。
それは、良い夢を見るおまじないでもあったし、安心して眠ることができる習慣でもあったから。
やがて一緒に寝ることが無くなってからは、そのことを忘れてしまっていた。
そして、幼馴染から別の関係になった私たちは、手を繋いで横になっている。
「小さい頃もこうやって手を繋いで寝ていたこと、覚えてる?」
忘れていても構わなかったのに、彼から「覚えてる」と言われたことが、予想以上に嬉しくて、鼻の奥がツンとする。
あの頃、眠るのは遊ぶ時間が減るみたいでもったいなかった。
今は、ひとりで眠るのがなんだか怖いときがある。
このまま目が覚めなかったらどうしよう──と。
言葉にはしないけど、私が手を繋いで眠りたいときは、そんな不安を抱えているとき。
手を繋ぐ──ただそれだけなのに、心が澄んでいく気がする。
大丈夫だと思わせてくれるのだ。
いつもいっしょ。これからもずっと。
いつか遠い未来に、そういう時が来たら、手を繋ぎたい。どちらが先だとしても。
────手を繋いで
「切り取り線」
「ありがとう。気持ちは嬉しいけど、君のことは……その……俺、好きな子いるから。ごめん」
わかっていた。
わかっていた、のに。
先輩がそういう目で見ているのは、私ではなく、あの子。
そんなこと、見ていたから知ってる。
愛しいものを見るような表情、切なそうな苦しそうな先輩の視線の先には、いつもあの子しかいない。
私なら、先輩にあんな辛そうな顔をさせないのに。
そんな目であの子を見ないで。
あの子は、先輩の気持ちに全然気付いていない。
そのことに苛立って仕方ない。
あの子は何も悪いことをしていないのに。
自分の気持ちに区切りをつけなければ、自分がどんどん嫌な子になってしまう気がした。
先輩は私のことをなんとも思ってない。
それを先輩から聞きたかった。
そうでもしないと、諦められないほど、私は先輩のことが、すごく、すごく、好きだったのだ。自覚しているよりも遥かに。
ごめんなさい先輩、私の告白は、きっと自己満足でしかなかったんです。
ありがとう先輩、ちゃんとフってくれて。
さようなら、初めての恋。
────ありがとう、ごめんね
「マフラー」
この先、完成することは無い。
わかっているなら、ほどいてしまえばいいのに。
部屋の隅に追いやられた、編みかけのマフラー。
彼のために選んだ、ネイビーの毛糸。
夏の終わりの「さようなら」
思い出の品。渡すつもりだったモノ。
今年中に片付けようと思っているけど、やる気が出ないまま。
「こんなんじゃ、だめだ……」
意を決して、編みかけのマフラーを手に取った。
私の好みではない色。
このまま続きを編んで完成させても、自分用に使おうとは思えないだろう。
毛糸を引っ張ると、するするとほどけていく。
「明日、この色に合う色を買いに行こう……」
編んだクセがついている毛糸を、ぐるぐると球状に丸めていった。
────部屋の片隅で
「ぬまる」
何度シャッフルして並べても、そこにあるのは『吊るされた男』
「……受け入れて、そこから何を得られるか──って感じ?」
そのカードを手に取り、じっと見つめる。
昔、母が持っていたタロットカードのうち、この絵のカードがとても怖かったのを思い出す。、
結果をノートに記し、丁寧にカードを仕舞う。ラグの上に寝転んだ。
「難しいな……」
一枚の絵をどう解釈するか。
簡単なようで難しい。
しかも、正位置と逆位置では意味が変わるのだ。
「難しい、けど……おもしろいんだよなぁ……」
果てがない世界に踏み込んでしまった気がする。
世間ではこういうことを『沼にハマる』だとか『沼る』などと言うのだろう。
────逆さま