「フラれた幼馴染に胸を貸す」
彼女が先輩にフラれた。
彼女の想いが通じなかったことに、苛立つ。
なんだあの野郎。こんな可愛い子から想われて何が不満なんだ。俺ならこんな風に泣かせたりしないのに。
彼女が縋って泣くのは、幼馴染の俺で──そのことに苛立つし、安堵している。
包み込むように背中に腕を回し、ぽんぽんと軽く叩く。
このまま強く抱きしめてしまいたい。
だが、それが出来ないからこそ、彼女は俺の側にいるのだろう。
男女の友情が成立すると思っているのは、彼女だけ。
想いが溢れて眠れない夜を過ごしているのは、俺だけ。
「ありがとう。あんたが彼氏だったら良かったのに」
俺もそう思ってるよ。
同じIFだけど、そこにある思いは別方向だ。
それでも、そう思ってくれるだけで、今は充分。そう言い聞かせる。
たぶん、今夜は眠れない。
────眠れないほど
「都合の良い夢」
これは夢だとわかってる。
現実の私は病院のベッドの上。
どれくらい体が動くのかわからない。
もしかしたら、指一本も動かせないかも。
そもそも、どれくらい時間が経っているのか。
一晩かもしれないし、何日、何週間、何年かも。
目を覚ますのが、怖い。
いつ死んでもいい──だなんて言って。
そのくせ、やり残したことはたくさんあったのだ。
やらないうちから、諦める理由をつけていただけで。
声が聞こえる。
私の名を呼ぶ声が。
覚悟を決められないまま、私による私のためだけの都合の良い夢は、もうすぐ終わる。
この夢の世界のことは、きっと忘れてしまうだろう。
────夢と現実
「クーちゃんと父と私」
「もう良い年なんだから、ぬいぐるみで遊ぶのはやめなさい」
そう言って母は、クーちゃん──クマのぬいぐるみを私から取り上げた。
そのままゴミ袋に入れようとする母にしがみつき抵抗する。
ばしん!
腕を強く叩かれてしまい、あまりの痛さに思わず叫び声をあげた。
「何をしているんだ!」
間に入ってきた父と母が言い争いを始めた。
両親の喧嘩はいつものことだ。
こうなると父も母も、私が何をしようと見向きもしないのだが、そっと壁の方へ移動してやり過ごす。
「中学生になってからも、ぬいぐるみで遊ぶなんて、頭おかしいわよ。こんな子になるなんて……」
まるでゴミを見るような母の目が、大人になった今でも忘れられない。
本人が納得していないのに捨てるのは良くない、精神的に不安定になるのではないか──という父の主張に、母はしぶしぶ納得。
クーちゃんは廃棄処分は免れたものの、箱に入れられ、押し入れの奥に仕舞われることになった。
その後すぐに両親は離婚。
私は父についていくことになった。
母は鬼の形相で文句を言っていたが、そういうところが嫌だから父についていく、ということがわからないのだろう。
私と父は、ろくに荷物もまとめられず、逃げるように父の実家へと転がり込んだ。
思春期の娘を男手ひとつで育てるのは不安だ、と申し訳なさそうな父。その顔を見て、父についてきて良かったと心から思った。
私の部屋として案内された、二階の西向きの部屋。
ドアを開けると、そこには持ってくることが出来なかったクーちゃんがいた。
「どうして……」
クーちゃんをぎゅっと抱きしめる。
どんどん涙が溢れてきて、止まらない。
もしかしたら、こっそりと捨てられてしまうかもしれない──そう思った父は、実家にクーちゃんを預けてくれていたのだった。
────さよならは言わないで
「もっと早くに気付いていたら」
「告白……しようかと思って」
彼女はそう言ってマフラーの先を弄んだ。
「そっか……」
ため息のような相槌が白い。
ついにこの日が来てしまった。
「うまくいくことを祈ってるよ」
口ではそう言うけど、半分くらいしか祈ってない。
いや、ちっとも祈っていない。
「ねぇ見て」
空を見上げると、茜色と紺色のグラデーション。
「綺麗だな」
彼女の横顔を盗み見る。
もしかしたら、ふたりで下校するのはこれで最後になってしまうかもそれない。
好きならば、彼女の幸せを祈るべきだ。
うまくいかなければいい。
そうすれば、これからもずっと──
ふたつの思考に挟まれる。
もっと早く自分の気持ちに気付いていたら、こんなことにはならなかったかもしれない。
彼女の頭に手を乗せる。
こんなことをするのは、これで最後かもしれない。
「うまくいくといいな」
照れくさそうに「ありがとう」と言う笑顔に、鼻の奥が痛くなった。
────光と闇の狭間で
「幼馴染のあいつ」
「付き合ってないなんて、絶対嘘だろ……」
本当のことだ。
俺とあいつは彼氏彼女の関係ではない。
「お前ら距離感おかしい!」
どのへんがおかしいんだ?
なんだよ、その呆れたような顔は。
「この年で異性の幼馴染とそんな仲良いとか、絶対認めない!」
いや、認めないって何だよ。
もしかして、お前あいつのこと……
なんだよ、そんなに否定することないだろ。馬に蹴られたくない?
いやいや、だーかーらー!
俺とあいつはそういうんじゃねぇって。
「じゃあさ、例えば他の男……そうだな、女子たちが騒いでるサッカー部のエースのイケメンいるだろ。そいつがあの子に告ってたらどう思う?」
どうって……
そんなの、あいつが決めることだし……
「例えば、の話だって!」
「お前、今自分がどんな顔してるか教えてやろうか。親の仇見るような目ぇしてるぞ」
そんなの、鏡がないからわかるわけないだろ。
────距離