「切り取り線」
「ありがとう。気持ちは嬉しいけど、君のことは……その……俺、好きな子いるから。ごめん」
わかっていた。
わかっていた、のに。
先輩がそういう目で見ているのは、私ではなく、あの子。
そんなこと、見ていたから知ってる。
愛しいものを見るような表情、切なそうな苦しそうな先輩の視線の先には、いつもあの子しかいない。
私なら、先輩にあんな辛そうな顔をさせないのに。
そんな目であの子を見ないで。
あの子は、先輩の気持ちに全然気付いていない。
そのことに苛立って仕方ない。
あの子は何も悪いことをしていないのに。
自分の気持ちに区切りをつけなければ、自分がどんどん嫌な子になってしまう気がした。
先輩は私のことをなんとも思ってない。
それを先輩から聞きたかった。
そうでもしないと、諦められないほど、私は先輩のことが、すごく、すごく、好きだったのだ。自覚しているよりも遥かに。
ごめんなさい先輩、私の告白は、きっと自己満足でしかなかったんです。
ありがとう先輩、ちゃんとフってくれて。
さようなら、初めての恋。
────ありがとう、ごめんね
「マフラー」
この先、完成することは無い。
わかっているなら、ほどいてしまえばいいのに。
部屋の隅に追いやられた、編みかけのマフラー。
彼のために選んだ、ネイビーの毛糸。
夏の終わりの「さようなら」
思い出の品。渡すつもりだったモノ。
今年中に片付けようと思っているけど、やる気が出ないまま。
「こんなんじゃ、だめだ……」
意を決して、編みかけのマフラーを手に取った。
私の好みではない色。
このまま続きを編んで完成させても、自分用に使おうとは思えないだろう。
毛糸を引っ張ると、するするとほどけていく。
「明日、この色に合う色を買いに行こう……」
編んだクセがついている毛糸を、ぐるぐると球状に丸めていった。
────部屋の片隅で
「ぬまる」
何度シャッフルして並べても、そこにあるのは『吊るされた男』
「……受け入れて、そこから何を得られるか──って感じ?」
そのカードを手に取り、じっと見つめる。
昔、母が持っていたタロットカードのうち、この絵のカードがとても怖かったのを思い出す。、
結果をノートに記し、丁寧にカードを仕舞う。ラグの上に寝転んだ。
「難しいな……」
一枚の絵をどう解釈するか。
簡単なようで難しい。
しかも、正位置と逆位置では意味が変わるのだ。
「難しい、けど……おもしろいんだよなぁ……」
果てがない世界に踏み込んでしまった気がする。
世間ではこういうことを『沼にハマる』だとか『沼る』などと言うのだろう。
────逆さま
「フラれた幼馴染に胸を貸す」
彼女が先輩にフラれた。
彼女の想いが通じなかったことに、苛立つ。
なんだあの野郎。こんな可愛い子から想われて何が不満なんだ。俺ならこんな風に泣かせたりしないのに。
彼女が縋って泣くのは、幼馴染の俺で──そのことに苛立つし、安堵している。
包み込むように背中に腕を回し、ぽんぽんと軽く叩く。
このまま強く抱きしめてしまいたい。
だが、それが出来ないからこそ、彼女は俺の側にいるのだろう。
男女の友情が成立すると思っているのは、彼女だけ。
想いが溢れて眠れない夜を過ごしているのは、俺だけ。
「ありがとう。あんたが彼氏だったら良かったのに」
俺もそう思ってるよ。
同じIFだけど、そこにある思いは別方向だ。
それでも、そう思ってくれるだけで、今は充分。そう言い聞かせる。
たぶん、今夜は眠れない。
────眠れないほど
「都合の良い夢」
これは夢だとわかってる。
現実の私は病院のベッドの上。
どれくらい体が動くのかわからない。
もしかしたら、指一本も動かせないかも。
そもそも、どれくらい時間が経っているのか。
一晩かもしれないし、何日、何週間、何年かも。
目を覚ますのが、怖い。
いつ死んでもいい──だなんて言って。
そのくせ、やり残したことはたくさんあったのだ。
やらないうちから、諦める理由をつけていただけで。
声が聞こえる。
私の名を呼ぶ声が。
覚悟を決められないまま、私による私のためだけの都合の良い夢は、もうすぐ終わる。
この夢の世界のことは、きっと忘れてしまうだろう。
────夢と現実