小絲さなこ

Open App
12/4/2024, 7:19:04 AM

「クーちゃんと父と私」



「もう良い年なんだから、ぬいぐるみで遊ぶのはやめなさい」

そう言って母は、クーちゃん──クマのぬいぐるみを私から取り上げた。
そのままゴミ袋に入れようとする母にしがみつき抵抗する。
ばしん!
腕を強く叩かれてしまい、あまりの痛さに思わず叫び声をあげた。

「何をしているんだ!」

間に入ってきた父と母が言い争いを始めた。
両親の喧嘩はいつものことだ。
こうなると父も母も、私が何をしようと見向きもしないのだが、そっと壁の方へ移動してやり過ごす。

「中学生になってからも、ぬいぐるみで遊ぶなんて、頭おかしいわよ。こんな子になるなんて……」

まるでゴミを見るような母の目が、大人になった今でも忘れられない。

本人が納得していないのに捨てるのは良くない、精神的に不安定になるのではないか──という父の主張に、母はしぶしぶ納得。
クーちゃんは廃棄処分は免れたものの、箱に入れられ、押し入れの奥に仕舞われることになった。

その後すぐに両親は離婚。
私は父についていくことになった。
母は鬼の形相で文句を言っていたが、そういうところが嫌だから父についていく、ということがわからないのだろう。

私と父は、ろくに荷物もまとめられず、逃げるように父の実家へと転がり込んだ。
思春期の娘を男手ひとつで育てるのは不安だ、と申し訳なさそうな父。その顔を見て、父についてきて良かったと心から思った。

私の部屋として案内された、二階の西向きの部屋。
ドアを開けると、そこには持ってくることが出来なかったクーちゃんがいた。

「どうして……」

クーちゃんをぎゅっと抱きしめる。
どんどん涙が溢れてきて、止まらない。


もしかしたら、こっそりと捨てられてしまうかもしれない──そう思った父は、実家にクーちゃんを預けてくれていたのだった。


────さよならは言わないで

12/3/2024, 7:36:47 AM



「もっと早くに気付いていたら」


「告白……しようかと思って」
彼女はそう言ってマフラーの先を弄んだ。

「そっか……」
ため息のような相槌が白い。
ついにこの日が来てしまった。

「うまくいくことを祈ってるよ」
口ではそう言うけど、半分くらいしか祈ってない。
いや、ちっとも祈っていない。




「ねぇ見て」

空を見上げると、茜色と紺色のグラデーション。

「綺麗だな」

彼女の横顔を盗み見る。
もしかしたら、ふたりで下校するのはこれで最後になってしまうかもそれない。



好きならば、彼女の幸せを祈るべきだ。


うまくいかなければいい。
そうすれば、これからもずっと──


ふたつの思考に挟まれる。
もっと早く自分の気持ちに気付いていたら、こんなことにはならなかったかもしれない。


彼女の頭に手を乗せる。
こんなことをするのは、これで最後かもしれない。

「うまくいくといいな」

照れくさそうに「ありがとう」と言う笑顔に、鼻の奥が痛くなった。



────光と闇の狭間で

12/2/2024, 8:01:49 AM

「幼馴染のあいつ」



「付き合ってないなんて、絶対嘘だろ……」

本当のことだ。
俺とあいつは彼氏彼女の関係ではない。

「お前ら距離感おかしい!」

どのへんがおかしいんだ?
なんだよ、その呆れたような顔は。

「この年で異性の幼馴染とそんな仲良いとか、絶対認めない!」

いや、認めないって何だよ。
もしかして、お前あいつのこと……
なんだよ、そんなに否定することないだろ。馬に蹴られたくない?
いやいや、だーかーらー!
俺とあいつはそういうんじゃねぇって。


「じゃあさ、例えば他の男……そうだな、女子たちが騒いでるサッカー部のエースのイケメンいるだろ。そいつがあの子に告ってたらどう思う?」

どうって……


そんなの、あいつが決めることだし……

「例えば、の話だって!」
「お前、今自分がどんな顔してるか教えてやろうか。親の仇見るような目ぇしてるぞ」

そんなの、鏡がないからわかるわけないだろ。


────距離

12/1/2024, 7:40:01 AM

「これが最後」


貴方と会うのはこれが最後。
そう思いながら過ごす一日は、何もかもが輝いて見えた。

最後なのに、また会うみたいな挨拶をして、背を向け歩く。

振り向かない。
絶対に、振り向かない。
名を呼ばれても、肩を掴まれても。

泣き顔なんて、絶対に見せたくないのに。


いつも貴方は私のみっともない姿を見ようとする。
そのくせ私には格好悪いところを一切見せてくれない。

言わないで。
何も言わないで。

貴方にとっては慰める言葉かもしれない。
でも私にとっては、なによりも残酷な言葉。

貴方と私は今日が最後。
そのはずなのに……

一番綺麗に終わりたい。
そんなささやかな願いすら、貴方は叶えてくれない。


────泣かないで

11/30/2024, 6:48:44 AM

「落葉する巨木」



「あーあ。全部色付かないまま落ちちゃったか」

せっかくここまで来たのに──余計な一言は口の中だけで呟く。
はらはらと落ちていく黄緑色の葉。
地面を覆い尽くしているそれらを踏みながら、彼とふたり、巨木の周りを歩く。

「今年の秋は紅葉が遅かったね」

いつまでも暑かったせいだ。
温暖化は春夏秋冬の秋を削り取ろうとしているかのよう。

「このまま温暖化が進んだら、どうなるんだろうな。来年もこんな感じだったら……そのうち、秋が無くなるかもしれん」

彼はそう言って巨木を見上げた。
強い風が吹き、枝がわさわさと揺れて葉を落としていく。


「そうだね」

来年はこの木の紅葉を見ることが出来るだろうか。
その頃、私たちふたりはどうなっているのだろうか。
まだ一緒にいるのか、それぞれ別の道を歩んでいるのか。



いつだって私の未来は白紙で、彼が持ってきた具材で夢を描いてきた。

これからもずっと、このまま彼を頼っていて良いのだろうか。


「来年はきっと大丈夫だよ。そう信じよう」

そう言って彼は私の手を握った。
いつだって彼は私より温かい。手も、顔も、体も、心も全部。


ひんやりとした風に乗って遠くから聞こえてくる、童謡『雪』
灯油の移動販売車だ。

秋はもう、終わり。



────冬のはじまり

Next