「一目惚れからじゃない」
「いい加減に顔で好きになるのやめたら?」
恋愛小説ならエモいラブコメ展開があってもおかしくない、男女の幼馴染という関係。
だが、私たちにはそういうことは起こらない。
「そうは言ってもなー、やっぱ女は顔だと思うんだよ」
「サイテー」
「そういうお前だって、イケメンは好きだろ」
「まあ、観賞用としては、ね。でも彼氏にしようとは思わない」
「へーえ」
「私は、あんたと違って中身重視なの!」
「中身なんて、見ただけじゃわかんねーだろ」
「だから、会話して、何度もデートして、知っていくんじゃん」
「そういうもんなのか」
「そうだよ」
彼はとても惚れっぽい。
それだけではない。
彼の恋は長く続かないのだ。
いつも彼の一目惚れから始まって、猛アタックして付き合う。
そして、二週間経たないうちに別れる。
原因は、毎回同じ。
性格や価値観の不一致。
「その言い方だと、何度もデートしてるのか、お前」
「……まぁ、誘われれば。生理的に無理な相手以外なら」
「マジかよ」
「なに、そんなに意外?」
「あーいや、その……俺以外にもお前のこと、可愛いって思うヤツいるんだと思って……」
「バカにしてんの?」
どうせ私は、あんたの元カレたちに比べたら地味で可愛くないよ!
「いや、だからその、他にもお前のこと好きなヤツがいるんだと思うと、ちょっと焦ったというか、嫌な気分になったつーか……」
見たこともない表情を浮かべる幼馴染。
私は彼と距離を取ろうと一歩下がった。
「な、なに言ってんの……」
なぜ、私の胸は高鳴っているんだろう。
こんなヤツ……違うのに。
私の好みではないのに。
「一目惚れからじゃない『お付き合い』してくれねーか?」
────始まりはいつも
「学園一の美少女は平穏を望む」
クラスの女子たちが歓声をあげる。
校庭で男子たちがサッカーをしていて、彼がゴールを決めたのだろう。
今すぐ窓に駆け寄りたいのを堪える。
「やっぱ、王子かっこいー!」
『王子』というのは彼のあだ名だ。
生粋の日本人で庶民なのに、なぜかそう呼ばれている。
彼の活躍に湧くクラスメイトとは対照的に、自分の席に座り本を読んでいる私。
それを見て、友人はため息をついた。
「ほんと『王子』に興味ないのね。勿体無い」
そして、このあと言うことは、誰も、いつも同じ。
「二人並べば美男美女で絵になるのに」
私は図書室に行くからと席を立ち、廊下に出た。
学園一のイケメンでサッカー部のエース。性格も良く、友人も多い。しかも成績優秀で東大現役合格も夢ではない、と言われている彼。
そんな男女共に人気ナンバーワンの『王子』に、私はまったく興味がない──ということになっている。
図書室のある別館へと続く渡り廊下に出ると、ひんやりとした空気に気持ちも引き締まるような気がした。
窓から見えるのは、澄んだ青い空。
向こうから、彼が歩いてくるのが見えた。
珍しくひとりだ。
一歩、二歩、三歩……
だんだんと近づいていき、目を合わすことなくすれ違い、遠ざかっていく。
平穏な学園生活を維持するため、高校では他人のフリをする。
それが、私が彼と交わした約束だ。
────すれ違い
「あっぱれ」
「眩しい……」
呟いて汗を拭う。
見上げれば、すっきりとした真っ青な青い空。雲は遠い山の方に見えるくらいだ。
明日から文化祭。
俺たち文化祭実行委員は、校門から校舎へ続く道にゲートを設置する作業をしている。
「ねぇ、知ってる?」
隣のクラスの実行委員の女子が俺に話しかけてきた。
「なにを?」
「『あっぱれ』って『秋晴れ』が語源なんだよ」
そう言って彼女は胸を張る。
揺れるふたつの膨らみを視界に入れないようにしながら、わざと気のない相槌を打つ。
「なーんて。嘘だよー」
「そんなことだろうと思った」
揶揄いやすいと思われているのだろう。
彼女は毎日のように損にも得にもならない「嘘豆知識」を披露してくる。
「本当はね『あわれ』が語源なんだよ」
「……」
「そんな目で見ないでよ。これは本当!」
「あぁそう」
「本当だってばぁー!」
何がそんなに嬉しいのかわからないが、楽しくて仕方ないといった顔をしている彼女。
それに対して、微笑ましいと思う自分は何なのだろう。
あぁ、そうか。
納得したら、笑えてきた。
「な、なに笑ってるの〜?」
「いや、五歳の従姉妹と同じことしているな、って思って」
「ええ……ひどっ……五歳児じゃないしー!」
やたらと大きな五歳児に腕を掴まれた俺を、同じ実行委員のメンバーたちが呆れたような目で見ている。見せもんじゃねーぞ。
「あーはいはい、十五歳児でしたね」
「ちがーう!」
────秋晴れ
「初恋の話」
中学の入学式で一目惚れをしたその子は、男子生徒たちの間で可愛いと話題になっていた。
残念ながら、俺と彼女は別のクラスだったが、百人中百二十人は美少女だと言うであろうほど可愛い彼女の情報を得るのは難しいことではない。
彼女本人は極力目立たないように心がけて生活しているのだろう。図書委員、美術部所属。休み時間はひとり。読書しているか窓の外を見ながらスケッチブックに向かっている。
父親が大病院の院長だとか、母親が有名デザイナーだとか、幼少の頃から婚約者がいるだとか、様々な噂があったが、裕福な家庭であることは事実だと、彼女と同じ小学校出身の生徒が言っていた。
孤高の美少女。深層の令嬢。高嶺の花。
彼女はまさにそんな存在であった。
話しかける猛者もいたが、誰ひとり彼女の関心を惹くことは出来ず、卒業。
卒業アルバムを見るたびに、彼女はどんな美しい女性になっているだろうかと懐かしむこと十数年……
ある日、俺は彼女の個展を観に行った。
たまたま情報を知った同級生から教えてもらったのだ。
芸術とは無縁なので知らなかったが、彼女はその界隈ではかなり有名なアーティストだという。
じっくりとプロフィールを見ていく。
そうか、結婚して子供もふたりいるのか。
がっかりしたような、安心したような、妙な気持ちになりつつ、彼女の作品をひとつひとつ見て回った。
「遠いところ、ありがとうございます」
聞き覚えのある声。
視線を向けると、美しい女性が知り合いと思われる来場者に微笑んでいた。
あの子だ。
年を重ねても変わらない彼女。
思わずため息が漏れた。
中学の同級生だったなど名乗られても、彼女は俺のことなど覚えていないだろう。
俺は何枚かポストカードを購入し、会場を後にした。
「────というわけで、初恋の子の話は終わり。つまり、何も無かったというわけだ」
「マジで先輩の初恋話、つまんないっすね」
「だから聞いてもつまらんと言っただろう」
それを無理矢理聞き出した会社の後輩をチラリと睨む。
「じゃあ、次はあたしの初恋話しましょうか」
ニヤニヤ笑う彼女を制す。
「いや、聞きたくないな」
「なんでですか!」
そりゃ、今惚れている女の過去の話なんて知りたくないからに決まってるだろう。
────忘れたくても忘れられない
「ドタキャンから紅葉狩り」
仮病なんてしないで、一緒に行けば良かった。
せっかく誘ってくれたのに。
ふたりきりではないことが面白くなくてドタキャンするなんて、最低だ。
幼い頃のように、自分の気持ちを素直に言えたら──
どうしていつもこうなっちゃうんだろう。
寝転がったまま出来ることは限られている。
意を決して起き上がり、カーテンを閉めた。
ついでに毛布を引き寄せ、ベッドに横になる。
カーテンの隙間から差し込んでくる光。
じりじりと照りつけていた夏の太陽は嫌だったけど、今はこれくらいがちょうどいい。
あいつに友達が多いのは昔から変わらない。
あいつの女友達に『そういう気持ち』が無いであろうことはわかりきっている。
それなのに、嫉妬心を抱いてしまう。
素直になれないのも、今日に始まったことではない。
それでも、あいつは私のことを大切にしようとしてくれている。
ずっと私の側にいてくれようとしていることも、わかってる。
起き上がり、カーテンを開ける。
すっきりと澄んだ青い空に、ぽこぽことした鱗雲が広がっている。
窓を開けてみると、少しひんやりとした風。
金木犀の香りと、どこかの家で薪ストーブを焚いている匂い。
季節は容赦なく冬へと向かっている。
「いつまでも甘えてたらダメだよね……」
このままでは愛想を尽かされてしまう。
それだけは嫌。
そうだ、埋め合わせとして紅葉狩りに誘おう。
子供の頃、一緒に行ったあの場所なら、あの頃のように振る舞えるかもしれない。
────やわらかな光