「初恋の話」
中学の入学式で一目惚れをしたその子は、男子生徒たちの間で可愛いと話題になっていた。
残念ながら、俺と彼女は別のクラスだったが、百人中百二十人は美少女だと言うであろうほど可愛い彼女の情報を得るのは難しいことではない。
彼女本人は極力目立たないように心がけて生活しているのだろう。図書委員、美術部所属。休み時間はひとり。読書しているか窓の外を見ながらスケッチブックに向かっている。
父親が大病院の院長だとか、母親が有名デザイナーだとか、幼少の頃から婚約者がいるだとか、様々な噂があったが、裕福な家庭であることは事実だと、彼女と同じ小学校出身の生徒が言っていた。
孤高の美少女。深層の令嬢。高嶺の花。
彼女はまさにそんな存在であった。
話しかける猛者もいたが、誰ひとり彼女の関心を惹くことは出来ず、卒業。
卒業アルバムを見るたびに、彼女はどんな美しい女性になっているだろうかと懐かしむこと十数年……
ある日、俺は彼女の個展を観に行った。
たまたま情報を知った同級生から教えてもらったのだ。
芸術とは無縁なので知らなかったが、彼女はその界隈ではかなり有名なアーティストだという。
じっくりとプロフィールを見ていく。
そうか、結婚して子供もふたりいるのか。
がっかりしたような、安心したような、妙な気持ちになりつつ、彼女の作品をひとつひとつ見て回った。
「遠いところ、ありがとうございます」
聞き覚えのある声。
視線を向けると、美しい女性が知り合いと思われる来場者に微笑んでいた。
あの子だ。
年を重ねても変わらない彼女。
思わずため息が漏れた。
中学の同級生だったなど名乗られても、彼女は俺のことなど覚えていないだろう。
俺は何枚かポストカードを購入し、会場を後にした。
「────というわけで、初恋の子の話は終わり。つまり、何も無かったというわけだ」
「マジで先輩の初恋話、つまんないっすね」
「だから聞いてもつまらんと言っただろう」
それを無理矢理聞き出した会社の後輩をチラリと睨む。
「じゃあ、次はあたしの初恋話しましょうか」
ニヤニヤ笑う彼女を制す。
「いや、聞きたくないな」
「なんでですか!」
そりゃ、今惚れている女の過去の話なんて知りたくないからに決まってるだろう。
────忘れたくても忘れられない
10/18/2024, 2:47:31 AM