「ドタキャンから紅葉狩り」
仮病なんてしないで、一緒に行けば良かった。
せっかく誘ってくれたのに。
ふたりきりではないことが面白くなくてドタキャンするなんて、最低だ。
幼い頃のように、自分の気持ちを素直に言えたら──
どうしていつもこうなっちゃうんだろう。
寝転がったまま出来ることは限られている。
意を決して起き上がり、カーテンを閉めた。
ついでに毛布を引き寄せ、ベッドに横になる。
カーテンの隙間から差し込んでくる光。
じりじりと照りつけていた夏の太陽は嫌だったけど、今はこれくらいがちょうどいい。
あいつに友達が多いのは昔から変わらない。
あいつの女友達に『そういう気持ち』が無いであろうことはわかりきっている。
それなのに、嫉妬心を抱いてしまう。
素直になれないのも、今日に始まったことではない。
それでも、あいつは私のことを大切にしようとしてくれている。
ずっと私の側にいてくれようとしていることも、わかってる。
起き上がり、カーテンを開ける。
すっきりと澄んだ青い空に、ぽこぽことした鱗雲が広がっている。
窓を開けてみると、少しひんやりとした風。
金木犀の香りと、どこかの家で薪ストーブを焚いている匂い。
季節は容赦なく冬へと向かっている。
「いつまでも甘えてたらダメだよね……」
このままでは愛想を尽かされてしまう。
それだけは嫌。
そうだ、埋め合わせとして紅葉狩りに誘おう。
子供の頃、一緒に行ったあの場所なら、あの頃のように振る舞えるかもしれない。
────やわらかな光
「彼女の願いを叶えてやれるのは」
「そんなに他の男があの子に話しかけるのが気に食わないなら、とっとと付き合えばいいのに」
教室の窓側の前の方を睨みつけている友人は「あいつとはそんなんじゃねーよ」と口をへの字に結ぶ。
そんなことを言いつつも、視線は俺とターゲットの間を行ったり来たり。誰がどう見てもあちらを気にしているだろう。
「お前、さっきどんな顔してたか自覚ないだろ。親の仇見るような目ぇしてたぞ」
指摘してやると、こちらに視線を向けたが、目以外の五感はすべてあちらに向いているのが丸わかりで、思わず笑ってしまった。
「な、なんだよ」
「いや、別に」
ふと視線を感じ、窓側の前の方に目を向ける。
友人の想い人が、困ったような縋るような目でこちらを見ていて「あぁ、そうか」と納得と安堵感に似たものを抱いた。
「あれ、困ってんじゃね?」
目の前の友人に教えてやる。
次の瞬間、音を立てて席を立った友人は、鼻息荒く彼らの方へ向かっていった。
好きな男に助けられた囚われの姫の笑顔を見て、やっぱりあいつじゃなきゃ、あの子を幸せにできない、あんな笑顔にはできない、と改めて思う。
ふたりの世界に入る彼らを見ながら頬杖をつく。
俺の想いが叶う望みはない。
あの子が幸せならいいんだ。
だから、早くあの子の願いを叶えてやってくれよ。お前にしか出来ないんだから。
「あーあ。早くくっついてくれねーかな」
────鋭い眼差し
「文化祭の願い事」
文化祭の後夜祭には伝説が付きものだ。
文化祭の準備が始まると、中庭にツリーが設置される。折り紙に願い事を書いて好きな形に折り、ツリーに飾りつけていく。
そして、後夜祭のキャンプファイヤーでツリーを燃やすのだ。
このとき、煙が高く上がれば上がるほど、願いが叶う確率が高まる、と言い伝えられている。
『もうすぐキャンプファイヤーが始まります』
放送委員のアナウンスが響く。
注意事項が伝えられているが、真面目に聞いている生徒はいるのだろうか。騒がしい。
「なぁ、何て書いたの?」
しつこく願い事の内容を訊いてくるのは、片想いの相手である幼馴染。
文化祭前から何度も訊かれていたけど、今日は五度目だ。しつこいなぁ……
でも、言えるわけがない。
『それでは、点火します。十からカウントしますので、みなさんも一緒にカウントお願いします!』
点火のカウントダウンが始まると、それまでの騒がしさが収まっていき、数字が小さくなるごとにカウントする声が増えていく。
『さん、にー、いち……点火ぁー!』
歓声が上がり、打ち上げ花火も一発上がる。
あぁ、終わってしまう。
ここ数ヶ月間、準備してきた文化祭の、後夜祭の、クライマックス。
三年生たちが「上がれ、上がれ!」と火の周りに集まり始めている。来年の私たちの姿だ。
『もうすぐフォークダンスを開始します』
わらわらと火の周りに生徒が集まっていく。
「私たちも、行く?」
「あー、まだいいや」
夜空に向かっていく煙を眺める幼馴染の横顔に、胸がざわついた。
マイムマイムが流れ始め、輪になって踊る生徒たちを眺める。
去年は無邪気に踊っていたんだよなぁ……
今年は、なんだか少し寂しさを感じる。
「なぁ、願い事、何て書いた?」
「……しつこい」
ため息混じりに言い、立ち上がろうとすると手首を掴まれた。
視線が交わる。
「俺はさ、お前とずっと一緒にいられるように、って書いたけど、ダメだった?」
────高く高く
「ズルいひと」
何年も一緒にいるから、お互いのことは全部知っているつもりでいた。
だけど、好きなものも苦手なものも、知らないうちに変わっていることもある。
だけど、これだけは子供の頃から変わらないな、と思う。
「ちょっと頼みたいことが……」
「ん?」
頼みたいなんて、大袈裟な言い方。
本当にちょっとしたことなのに。
ジャムの蓋を開けてほしいとか、棚の上にあるものを取ってほしいとか、調理中手が離せない時にインターフォンが鳴ったから来客対応してほしいとか、そんな、ちょっとしたこと。
「ありがとう、助かった」
「うん」
私がお礼を伝えると、それはそれは嬉しそうな笑顔になる彼。
まるでお母さんのお手伝いをしたあとの子供のようだ。
もう子供たちも巣立っていったというのに、いまだにあの頃のように笑うの。ズルくない?
私はあの頃と結構変わってしまったというのに。
それを彼に言ったら「君もあの頃と変わってないよ」なんて……
ああ、もう本当に敵わない。
たぶん、これから先もずっと。
────子供のように
「アオハル」
「部活作ろうと思うんだけど、どう思う?」
「どうって何が。部活作るって、何部だ?」
「わかんない。何部がいいと思う?」
「いや、俺に訊かれても」
こいつはいつも言動が意味不明だ。
それは昔も今も変わらない。
高校に入って、それまでの真面目キャラ(若干天然)からギャルへとキャラ変したつもりなのだろうが、変わったのは外見だけ。そのことに安堵していることは、黙っておこう。
「なぜ部活作ろうと思ったんだ」
「なんかね、部活って、青春〜!アオハル〜!って感じするじゃん」
「あー……まぁ、部活に入ってないよりは、何かスポーツや文化的な活動に打ち込んでいる方が、側から見ればそう見えるだろうな」
「でしょでしょ〜」
「まさかとは思うが、青春するために部活作ろうっていうんじゃあるまいな」
「え、ダメなの?」
「ダメじゃないけどさ……」
俺はため息をついた。
「帰宅部とか、どうかな」
「帰ってどうする」
「じゃあ、部室でそれぞれネットしたり読書したり、好きなように過ごす、自由部」
「部活にする必要性を感じないから、申請しても却下されるだろうな」
「うー……じゃあ、こんなのはどう────」
たぶん、こいつは気づいていない。
目の前にいる幼馴染の異性が、自分をどういう目で見ているのかを。
青春は部活だけではない。
幼馴染の男女が、こうやって放課後に教室でくだらない話をしていること、そのものが後から振り返ってみたら青春以外の何ものでもないことを。
────放課後