「カーテンをひく。復讐のために」
「嫌いなら嫌いって、はっきり言ってくれ」
「別に嫌いというわけでは」
「じゃあ……」
「でも、とくに好きというわけでもないです」
「どっちでもない?」
「そうですねぇ……あー、悪い人とは思ってないです」
「そ、そう……」
強いて言うなら「どうでもいい存在」なのだけど、さすがにそれを言うのは躊躇われる。
誰がどう見ても脈なしの対応。
大抵は、これで諦めてくれる。
貴方と付き合う気がないと、わかってくれるはず。
異性との間に壁を作る、とは言うが、私の場合は壁というよりも遮光遮熱のカーテンをひく、という方が近いかもしれない。
その気になれば簡単に開けることが出来るけど、無作法に開けるのは躊躇われるような、そういう対応をしているから。
今、私は恋愛どころではないのだ。
それよりも、どうしてもやり遂げたいことがある。
「また、あの子告白断ったみたいよ」
「お高く止まって、やな感じー」
「ぱっと見可愛いけど、めちゃくちゃ美人かって言われたら、それほどでもないし」
「クラスメイトに対しても敬語ってさー、キャラ作ってる感じで痛いよね」
私が教室を出た途端に始まる、陰口大会。
彼女たちはこっそりと話しているつもりだろうが、私は誰が何と言っているか、すべて記録している。
彼女たちとの間に隔てているのはレースのカーテン。
彼女たちと仲良く見えるよう振る舞っているが、私は大切なものを彼女たちには絶対に見せない。
本当の志望校も、彼女たちには内緒だ。
彼女たちは私にしたことを綺麗さっぱり忘れているのだろう。
小学生の頃の、あのことを。
彼女たちは、ただの戯れやゲームだと思っているのかもしれない。
だけど、私は貴女たちのしたことを、一生許さない。
手帳を開く。
本日行われた、彼女たちの陰口大会の詳細を記す。
卒業式にすべて壊してやる。
ただその気持ちを抱きながら、中学卒業までの日をカウントしている。
────カーテン
「ただの幼馴染」
「恥ずかしいから、もう一緒に学校行くのやめよう」
そう言われたのは、小学四年生の秋。
「変な噂されるから、名前で呼ぶのやめろ」
そう言われたのは、中学一年の五月。
ずっと、私たちふたりきりでいられるのだと思っていた。
彼のそばにいるのは私だけなのだ、と。
だから彼のその言葉と態度に、当時の私は傷ついた。
そう、私は彼が好きだったのだ。
「なんだ、お前も同じ高校かよ」
高校の入学式後、教室で指定された席に座っていたら、彼の方から話しかけてきた。
それまでのことが無かったかのように。
「えー、びっくり。同じクラスなんて偶然だね」
私、女優になれるんじゃないかしらってくらい、自然な口調でいってやった。
でも本当は偶然じゃないよ。
お母さんから聞いて志望校決めたの。
知らないのは、彼だけ。
相変わらず苗字呼びをしてくることに寂しさを感じたけど、数年間避けられていたことを思えば、大したことではなかった。
「ただの幼馴染だよ」
クラスメイト達に私たちのことを揶揄われた時の、彼の言葉。
それが胸に突き刺さって、息すらも出来ない。
逃げるように屋上へと繋がる非常階段を駆け上がった。
誰にも見つからない秘密の場所。
唇を噛む。
雫が落ちていく。
やっぱり、私は彼が好きなのだ。
でも、彼にとっては……
私の名前を呼ぶ声がした。
彼だ。
苗字ではなく、あの頃のように名前を呼び捨てで呼んでいる。
何度も、何度も。
息の弾んだ彼に両肩を掴まれているけど、顔を上げる勇気なんてない。
どうして泣いているのかなんて、そんなこと、言えるわけない。
────涙の理由
「映画どころじゃない」
母のせいで、大変なことに気がついてしまった。
映画の前売り券をたまたま入手したからと、隣の家に住む幼馴染が、一緒に行かないかと誘ってきた。
公開されたら絶対観たいと私が言っていた映画。
前売り券は既に自分でも入手していたけど、推しの女性アイドルの初主演映画なのだから、何度観てもいいではないか。
いよいよ、今日は約束の日。
なぜか映画館の近くで待ち合わせすることになっているから、そろそろ家を出なければ間に合わないのだが、なかなか服が決まらない。
「あら、まだ出かけてなかったの?」
部屋で唸っている私を見て母が驚いている。
「いくら初デートだからって……そんなに気合い入れる必要ないわよ。物心つく前からの付き合いなんだから」
「で、でーと?」
母の発言に思わず手に持っていたハンドバッグを落とす。
「デートでしょうよ。年頃の男女が約束して出かけるのだから」
「ち、ちがう!」
「いーえ、お母さんはデートだと思うわ。そうでもなきゃ、隣に住んでいるのに、わざわざ街の方で待ち合わせしないわよ」
「……ええ……」
「それに、ただの幼馴染と映画行くだけなら、普段着で出かけてるはずよ」
「それは、街に行くから……」
「もう時間ないんでしょ。ブツブツ言ってないで、お母さんが選んであげるから、早く行きなさい」
母が選んだ服は、普段の私が着ているものよりも少しだけシックな雰囲気のワンピースとカーディガン。
今年の誕生日に「そろそろこういう靴もあった方がいいわよ」と母がくれた、低めのヒールの靴。
「うん、可愛い。さ、いってらっしゃい。デートだからって、気負わずにね」
追い出されるように家を出る。
バス停まで駆けるように歩き出す。
これって、デート、なの?
今すぐに確かめたいけど、今それを知ってしまったら、この胸の鼓動が何なのか、認めなくてはならなくなる。
ああ、もう!お母さんのバカ!
映画どころじゃないじゃん!
────ココロオドル
「禁止する旅」
何もかも放り出したくなることって、あるでしょう?
でも、それを実行する人はそれほど多くない。
もぎ取った有給は一日。
貴重な一日だ。どう過ごすかが、問題。
一日中家に閉じ籠もってゴロゴロするのも悪くはないが、ネットで動画見たりSNSをダラダラ眺めて終わってしまう気がしないでもない。
それはもったい無いような気がした。
それに、最近思うところがあり、デジタルデトックスというものをしてみるのもいいかな、と思ったのだ。
有給前日。
退勤後、会社の最寄り駅のロッカーに預けた荷物を取り出し、新宿駅へ向かう。
構内で焼酎ハイボールとじゃがりこを買って、予約していた特急に乗り込んだ。
スマホの電源を落とす。
本当は置いて行きたいけど、万が一のこともあるので持参するけど使わない。
この旅が終わったら、また怒涛の日々だ。
だけど、今からお家に帰るまでは、明後日以降のことは考えない。
スマホ禁止。
仕事のことを考えるの禁止。
あの人との将来に関することも、考えるの禁止。
縛りは多いけど、何も考えない一日を過ごしたいだけ。
ゆっくりと走り出した電車が揺れる。
窓ガラスに映る自分は、疲れと期待が混ざっている顔をしていた。
────束の間の休息
「期待を背負って、決意を背負って」
ボールを追いかける彼を、私がどんな気持ちで見つめているか、彼はきっと知らないだろう。
この辺りでは有名な必勝祈願のお守りを両手で包み込む。
どうか、どうか、あと、一点!
最後の大会を勝利で締めたい、と彼は言っていた。
もしも私に不思議な力があっても、彼は奇跡を望まないだろう。
そんなことわかっているし、私に不思議な力なんて無いけど、祈ってしまうのは仕方がない。
ボールを受け止めた彼が、ゴールに向かって走り出す。
立ち上がりそうになるのを堪える。
昨日、彼とした会話を思い出す。
「優勝したら、話を聞いてほしいんだ」
「それって優勝しないとできない話なの?」
「そうじゃないけど……そうでもしないと言えないっていうか」
期待させる台詞を吐いた彼を恨んでる。
変なフラグ立てないでよ。
話なんて、いつでも、いくらでも、聞くのに。
彼の姿を一瞬でも見逃さないように、唇を噛み締めた。
────力を込めて