「指を絡めて 花火」
虫の鳴き声が響く夜。
ドキドキしているのが、バレてしまいそうな距離。
大丈夫。
隣の幼馴染は、花火に夢中で気がついていない。
どこかの神社の例大祭で打ち上げられている花火。
いつまでも暑かった秋は、やっと気温を下げる気になったようで、ここ数日一気に涼しくなった。
だからだろうか。
幼い頃のように、こうしてくっついて座っているのは。
「冷えてきたな」
「そうだね……」
「窓、閉めるか」
立ち上がって、窓を閉めて、また私の隣にくっついて座る。
そうするのが当然だというように。
囃し立てるような虫の鳴き声。
そんなんじゃない。そんなんじゃ、ない。
彼氏彼女の関係ではないはずだ。
それなのに、どうして私たちはどちらからともなく指を絡めるのだろう。
そうするのが、当然だというように。
どういうことなのか、聞きたい。
だけど、聞かなくてもいいような気もしてる。
今さら、言葉で確認するようなことだろうか。
お互いの体温が心地よいことは、わかりきっている。
窓越しの締めの花火。
近づいてくる唇に、瞼を閉じる。
────秋恋
「誰かに食べられちゃう前に」
触れたくて、触れたくて仕方ない。
だけど、一度触れてしまったら、きっと、もっともっと触れたくなってしまう。
もしかしたら、壊してしまうくらいに。
壊したくない。
だったら、触れなければ良い。
そう、思ってしまったんだ。
「……うん、言い分はわかった」
「わかってくれるか!」
「頭ではわかったけど、感情的にはわかりたくない、かな」
「お、おう……」
付き合い始めてから半年経っても手を出さない俺にしびれを切らした彼女が「なんで何もしてこないのよ。私に魅力が無いってこと?」「それとも本当は私のこと好きじゃないの?」と半泣きで迫ってきた。
感情を言語化するのは難しい。
だけど、俺なりに精一杯頑張って言葉にしてみたのだ。
だが、彼女にはイマイチだったらしい。
「と、とにかく!女としての魅力がないとか、そういうんじゃないから!」
「そう」
「そうなの!」
「だったら……くらい、してよ」
「……いや、だからそれは……俺の話聞いてた?」
「聞いてたよ。でも、でもさぁ……好きなものは先に食べなきゃ誰かに食べられちゃうじゃん」
そういやこいつ、好きなものは先に食べる派だったな。
俺は最後まで取っておくタイプだから、分かり合えないのかもしれない。
「だから、ねぇ……私からしても、いいよね」
「いや、だから、話聞いてた?」
「黙って。目を閉じて……」
彼女はそう言って俺の顎に手をかけ────
────大事にしたい
「遠距離片想い」
遠距離恋愛だったら、どんなに良かっただろう。
私がしているのは、不毛な恋だ。
遠距離で、絶対に片想いだとわかっている恋。
なぜなら、彼はあの子のことが好きだから。
「グループ内で恋愛なんて、絶対あとで面倒なことになるから、あたしはしないなー」
何気なく言ったあの子の言葉に、一瞬彼の顔が引き攣る。
「たしかに。別れたら気まずいことこの上なし!」
「だよねぇ!」
あの子にはバレないように、こちらにあの子の視線を向けさせる私。
何を言っているのだろう。
グループ内で、片想いをしているのに。しかも何年も。
年に数回しか会えないことを感じさせない会話はつづく。
帰りの特急電車は予約していない。
明日も有給取得済み。
片想いで、他に好きな人がいるってわかっているのに、私は何を期待しているのだろうか。
話に夢中になっているフリをして、わざと逃した最終電車。
家路につくあの子と別れて、彼とふたり夜の街を歩く。
ひとつひとつ消えていく店の灯り。
遠距離恋愛だったら、どんなに良かっただろう。
私がしているのは、不毛な恋だ。
何年も何年も実らない恋を抱えている彼に、私は何年も何年も実らない恋をしている。
ネットカフェに向かおうとする彼の背中に抱きつくことができたらいいのに。
そんな勇気があったら、とっくに告げている。
どうか今、ここで世界が終わってほしい。
────時間よ止まれ
「二十一時ちょうど。新宿発」
色とりどりの街の灯りを見ると「帰ってきたなぁ」と思う。それは、私がこの街で育ったから。それだけ。
キラキラしているように見えて、ギラギラ。
眩しくて、眩しくて、めまいがしそうになる。
この狭い地域にこんなにも色々な人々や様々なものが詰め込まれているかと思うと、気が遠くなる。
新宿発の特急あずさ。
最終は二十一時。
「次はいつ帰ってくるの?」という、友人からのメッセージの返信に困る。
帰省する頻度は少なく、間隔も開きつつあるから。
夜景なんて、人々が生活していれば何処でだって見ることができる。
疎になってゆく光をぼんやりと眺めながら、そんなことを考えて、結論を出す。
都会で生まれ育ったからといって、都会が合うかどうかは別問題だ。
私には、生まれ育ったこの街が合わなかった。ただ、それだけなのだろう。
────夜景
「記憶の修復」
ずっと昔、一度だけ見た風景が忘れられない。
だけど、肝心の場所を覚えていない。
連れて行ってくれた両親は早くに亡くなってしまったから、記憶だけが頼り。
どうにか社会人になり、旅行ができるくらいの余裕ができたので、その思い出の場所を探し始めた。
あっさりと見つかったのは、記憶していた風景が鮮明だったのと、名所として有名な場所だったからだろう。
東京から新幹線で向かい、臨時便のバスに乗る。
長閑な風景に、記憶の糸が解れていく。
バスから降りて、人の流れについていくように歩いていると、丘の上に屋台が並んでいるのが見えた。
駆け上がりたい気持ちを抑えて、ゆっくりと丘を登る。
木々の向こうに、あの風景があるはずだ。
川に向かう傾斜に咲く黄色い可憐な春の花。
雪をほんの少し残した山。
春の空は少し霞んでいる。
やっと、やっと来ることができた。
数少ない、両親との記憶。
近くにいる、あの頃の自分と両親のような親子を見つめる。
そして、自分の記憶に近づけていく。
もう顔も声も朧げで、だけど忘れてしまったら、二度と取り戻せない。
また来年も、その次の年も、ここに来よう。
両親の記憶を修復するために。
────花畑