小絲さなこ

Open App

「記憶の修復」


ずっと昔、一度だけ見た風景が忘れられない。
だけど、肝心の場所を覚えていない。
連れて行ってくれた両親は早くに亡くなってしまったから、記憶だけが頼り。

どうにか社会人になり、旅行ができるくらいの余裕ができたので、その思い出の場所を探し始めた。
あっさりと見つかったのは、記憶していた風景が鮮明だったのと、名所として有名な場所だったからだろう。


東京から新幹線で向かい、臨時便のバスに乗る。
長閑な風景に、記憶の糸が解れていく。
バスから降りて、人の流れについていくように歩いていると、丘の上に屋台が並んでいるのが見えた。

駆け上がりたい気持ちを抑えて、ゆっくりと丘を登る。
木々の向こうに、あの風景があるはずだ。

川に向かう傾斜に咲く黄色い可憐な春の花。
雪をほんの少し残した山。
春の空は少し霞んでいる。

やっと、やっと来ることができた。
数少ない、両親との記憶。

近くにいる、あの頃の自分と両親のような親子を見つめる。
そして、自分の記憶に近づけていく。


もう顔も声も朧げで、だけど忘れてしまったら、二度と取り戻せない。

また来年も、その次の年も、ここに来よう。
両親の記憶を修復するために。



────花畑

9/17/2024, 3:08:34 PM