小絲さなこ

Open App
9/9/2024, 2:29:47 PM

「趣味でやるのが一番」



自分が着ている服とまったく同じ服を着ている人を見かけたとき、なんとなく居心地が悪くなった。
既製品なのだから、自分以外の人もそれを買っていることくらい、わかっていたはずなのに。


「他の人と違う格好がしたいってこと?」

小学校時代からの友人が首を傾げる。

「いや、なんか、制服じゃないのに、同じもの着てるって、なんか気持ち悪くて」
「私は、同じ服着てる人見かけたら、親近感湧くけどなぁ。センス同じなんだーって思う。流行ってるものなら、同じの着てても別に気にしないけどなぁ」
「流行りを否定するつもりはないんだよ。ただ、人とまったく同じものを着たくないというか……流行りのものだけど、よく見るとちょっと違うよね、っていう箇所がほしい、みたいな」
「うーん……そっか……たぶん根本的な感覚からして違うのかも」
「そうかも」

彼女は、私のことも他人のことも、否定しない。

「だから、洋裁習い始めたんだね」
良いと思う、と彼女。

「というか、アクセサリーは昔から作ってたし、なんでそっちの道に行かなかったのかな、と思ってた」
「あー、それはね〜。自分で自分のものを作りたいから。もちろん、親しい人から頼まれたら作るけど、たくさんの人のために作る、ってことはしたくなくて……」

私は自分のために作りたいだけ。
親しい人に作るものも、私がその人に贈りたいだけ。

仕事にしてしまうと、私が本当に作りたいものが作れなくなる気がする。

だから、たぶん、趣味でやるのが一番合っているのだろう。


────世界に一つだけ

9/8/2024, 3:06:40 PM


「雨宿りの時間は終わらない」



それは、ふとした瞬間だった。
今までただの幼馴染だと思っていた君が、きらきらと輝いて見え始めたのだ。そして、自分の胸もドキドキしていることに気付いた。

降り続く雨。
止む気配がない。
雨宿りの時間は終わらない。
激しくなる雨音を追いかけるように、体内を駆け巡る。


あぁこれは、アレだ。
認めたくない。
なぜ気付いてしまったのだろう。

君は無自覚に距離が近い。
今も隣に座っている。ごく自然な流れで。

付き合っていない男女の距離ではない。
だが、今さら離れようとも思わない。


そういえば、君は雷が苦手だったな。


近づいてくる雷。
びくり。震える肩を思わず抱き寄せた。

こんなにぴったりとくっついてしまえば、いくらなんでも気付かれてしまうだろう。
だが、これで君が少しでも安心してくれるなら……


────胸の鼓動

9/7/2024, 3:08:31 PM

「High jump」



君がどれだけ努力していたのかを、どれだけのことを我慢していたのかを、知っている。
僕はただ、祈ることしか出来ない。


そりゃ、良い結果を残せたら最高だ。
だけど、僕が祈っているのは、君が怪我をしないこと。
こんなこと、本人にはとてもじゃないけど言えない。怪我をしてサッカーを辞めた僕に気を遣ってしまうだろうから。


君がチラリと僕を見る。
右手を挙げて、踏み出す。
走って、走って、跳んで、くるりと一回転。
まるで翼が生えているかのように。

そして、すぐに僕の方を見る。
真っ直ぐに伸びた背筋。
満開のひまわりのような笑顔で。
それを見て、やっと僕は息が出来る。

それなのに、眩しくて、眩しくて、君がそのまま空に吸い込まれてしまいそうで、胸の奥が痛い。




────踊るように

9/6/2024, 2:43:08 PM

「初めての里帰り」



物心つく前から耳にしていた音というものは、意識していないうちに染み付いていて、まるで空気みたいに溶け込んでいる。
そして、その土地から離れたとき、初めてその音が無いということに違和感を覚えるのだ。


ゆっくりと、噛み締めるように坂を登る。
今年の春、この町を出て都会でひとり暮らしを始めたから、初めての『帰省』というやつだ。
荷物が多いのにバスを使わなかったのは、無性に歩きたかったから。


じりじりと太陽が剥き出しの腕を焼いていく音がするようだ。
都会よりも太陽が近いのだと実感する。

ぼーん
ぼーん
ぼーん

毎正時に鳴る寺の鐘。
始めの三回は捨て鐘だ。
そのあと時刻の回数鳴らす。

ぼーん
ぼーん
ぼーん
ぼーん


すれ違う観光客や、駅へ向かうバスを待つ人の間を縫って、坂を登る。


離れて、やっと気づいたことがあるんだ。


当たり前だと思っていたことが、当たり前ではなかったと気づいたのは、この町で聞こえる音だけではない。

ずっと、ずっと隣にいるのが当たり前だったから気づかなかったなんて。

「おかえり」と微笑む、実家の隣に住む君に、どうやって切り出そうか。



────時を告げる

9/5/2024, 3:33:07 PM


「貝の使い方」



砂浜で探し回ってやっと見つけた。
噂は本当なのか、試す時がついに来たのだ。
高鳴る胸の鼓動。
貝殻をそっと耳に当て、瞼を閉じる。


「いや、それ此処でやったら、波の音がデカくて貝殻からの音って聞こえないんじゃね?」
「あ、そっか」
「それ、二枚貝じゃねーかよ。耳に当てると波の音が聞こえるのは巻き貝だろ!」
「でえええーマジかよ!なんで教えてくれなかったんだよ!」
「いや、普通わかるだろ……」

いや、わかんねーよ。


俺は今、後悔している。
なぜこいつらと海に来てしまったのだと。
確かに俺たち三人は仲が良い。
だが、だからって……
やっぱり、どんな汚い手を使ってでも女子と来るべきだったんだ!
汚い手ってどんな手段か、わかんねーけど。


「つーかさぁ、二枚貝の使い方って言ったら、こうだろ?」

そう言って、悪友は貝ふたつを自分の胸に当てる。

「男がやってもなぁ……」
「ダメかー!」
「なんか、すげー虚しくなってきた」


やべぇ。マジでここにはバカしかいねぇ……



────貝殻

Next