「惑わされずに、冷静に」
昨日まで、いや、ついさっきまでは、いつもと同じ。普通だった。たぶん、どこにでもあるような日常。
それが、どうして……
昼休み。校庭で友人たちとボールを蹴るアイツが、きらきらと輝いて見える。
目の奥が熱くなって、涙がこぼれそうなくらいに。
世間一般ではたぶん、たいしてカッコよくも悪くもない。ごく普通の、十六歳の高校生男子。
特記事項があるとすれば、幼馴染だということ。そして、私のことが好きだと告白してきたこと。
前々から気になっていた、アイツの好きな子が私だとか、なにそれ。どういうこと?
ずっと好きだったっていつから?
本当は言うつもりなかったって、どういうこと?
訊きたいことはいっぱいある。
だけど、もっと知りたいのは、私がアイツをどう思っているのか、ということ。
キラキラとドキドキに惑わされないように、冷静にならなきゃ……
────きらめき
「近くに居なくても」
歩いているとき、ふと目に留まった名も知らぬ花。
コンビニの前、駐車場で跳ねる鳥。
見上げた空に浮かぶ雲の形。
「そんなん撮ってどうすんだ?インスタ?」
大学の同じ学部の友人が首を傾げた。
「いや、そうじゃなくて……」
「女か!」
「あー、うん」
「ま、マジか……お前に彼女がいるとか……」
なんでそんなこの世の終わりみたいな顔して見てくるんだ。
「どうせ二次元キャラとか脳内彼女とかだろ」
失礼なやつだな。実在してるっつーの!
俺は幼馴染だということや付き合い始めたきっかけ、彼女がどれだけ可愛くて可愛くて可愛いかをとことん語ってやった。もちろん、ツーショットの写真も見せてやる。
「うわ。マジで……すっげーかわいいな……」
「そうだろーそうだろーうへへ……」
「隣の男はキモいけどな」
「ほっとけ」
俺は、その彼女に日常の何気ない風景を送っている。
返事はスタンプひとつだったりすることもあるが、課題が多く忙しいから仕方ない。
近くに居られないなら、せめて近くに居る気分を味わってほしい。
ただ、俺が送りたいから送ってるだけだ。
「遠恋かー。いつまで続くかなー」
「しばくぞてめぇ」
────些細なことでも
「太陽に手を伸ばす」
「君のお母さんは、いつも君を見守っている」
俺の生い立ちを知った人は、大抵そう言う。
その言葉に反発したこともあった。
だが、今はもう、その言葉に同意するフリが出来るようになっている。
余計なことを言って、面倒なことになるのは避けたいし、言う側には悪気はないだろうから。
心のどこかで思っていたことを、やっと認めることが出来たのは、母の足跡を辿るようになってからだ。
真っ青な空。
太陽に向かって真っ直ぐに伸びる向日葵がどこまでもつづく。
あと数ヶ月すれば、ここは雪に埋もれる。
母の生まれ育った町に、節目節目で訪れるのは、墓参りするよりも母を身近に感じられるからかもしれない。
もしも、見守ってくれているとしたら、俺のこの選択を応援してくれるだろうか。
青空に手を伸ばす。
太陽の熱を、体中に、心の奥底まで、取り込むように。
────心の灯火
「恋に恋する乙女だった」
今さら何のご用かしら。
久しぶりに届いた彼からのメッセージを未読スルーして三日。
再び彼からメッセージが届いた。
通知画面に表示された文章だけでもわかる。
また私を面倒なことに巻き込むつもりだということは。
共通の知人が多いから、あえてブロックはしてなかったけど、もういいかな……
高校を卒業する時に連絡先を交換してしまったけど、正直言ってもう関わりたくない。関わる理由もない。
遠くから見ているだけだった私は、声をかけられてすっかり舞い上がってしまったのだ。
憧れは憧れのまま、綺麗な思い出として仕舞っておけばよかった。
指を滑らせる。
ただの恋に恋する乙女だった、あの頃の私にさよなら。
────開けないLINE
「完璧でありたいのに」
顔も頭も運動神経も良い人を目指して幼い頃から血の滲むような努力を積み重ねてきた。
その甲斐あって、周囲からは「完璧超人」と評価されるまでになったというのに……
「完璧な人間なんていないよ」
君はそう言って笑う。
僕からしてみたら、正直言って君はあまり頭は良くないし運動神経も良いとは言えない。
それなのに、君と出会ってから、自分の愚かさ、未熟さばかり思い知らされる。
予想の斜め上をいく君の言動と、眩しすぎる笑顔に心拍数も感情も掻き乱されていく。
「人間って、不完全なものだと思うよ。だから惹かれ合うんだと思う」
君の言っていることを認めたくなくて、そんな自分に苛立つ。
君の前でだけでも、完璧でありたいのに。
君の前でだけ、僕は不完全になっていく。
────不完全な僕