「初めての里帰り」
物心つく前から耳にしていた音というものは、意識していないうちに染み付いていて、まるで空気みたいに溶け込んでいる。
そして、その土地から離れたとき、初めてその音が無いということに違和感を覚えるのだ。
ゆっくりと、噛み締めるように坂を登る。
今年の春、この町を出て都会でひとり暮らしを始めたから、初めての『帰省』というやつだ。
荷物が多いのにバスを使わなかったのは、無性に歩きたかったから。
じりじりと太陽が剥き出しの腕を焼いていく音がするようだ。
都会よりも太陽が近いのだと実感する。
ぼーん
ぼーん
ぼーん
毎正時に鳴る寺の鐘。
始めの三回は捨て鐘だ。
そのあと時刻の回数鳴らす。
ぼーん
ぼーん
ぼーん
ぼーん
すれ違う観光客や、駅へ向かうバスを待つ人の間を縫って、坂を登る。
離れて、やっと気づいたことがあるんだ。
当たり前だと思っていたことが、当たり前ではなかったと気づいたのは、この町で聞こえる音だけではない。
ずっと、ずっと隣にいるのが当たり前だったから気づかなかったなんて。
「おかえり」と微笑む、実家の隣に住む君に、どうやって切り出そうか。
────時を告げる
9/6/2024, 2:43:08 PM